第14話 混乱
「あ”??今、なんつった」
各々楽器の近くにある椅子に座る三人と、扉の近くに立つ私。
私が例のバンドに入るオファーを受けてから一週間。
事務所地下のスタジオに来てみれば、既に三人がいた。
キリカちゃんはまだ来ない。
指定された時間までは、数分ある。
扉を開けてから引き返すことは無いと思い、スタジオ内で待機しようとしたが、そうは問屋が卸さず、質問に答えていく内に場が剣呑な空気に呑まれていったのだった。
「キリカちゃんに聞いて」
これ以上私から話すことは何もない。
キリカちゃんは一言も彼らに相談無しに、私をバンドに入れようとしたのだろうか。
面倒なことになったな。
私とて、生半可な気持ちで仕事を引き受けたことは今までで一度もない。
今回もそうだ。
引き受けた以上は、引き受けた分だけ、最上の成果を持ち帰る気でいる。
「おい、」
耳をふさげば応答しなくて済むと思い、首にかけていたヘッドフォンを頭につけた。
目を閉じて、ヘッドフォンについている再生ボタンを押す。
いくつか作ってあるミックスリストのうち、今日はK-POPが主体の物を引き当てたようだ。
Violetというアイドルだったか。
お隣、韓国で人気の四人組のガールズグループだ。
ルックス、ダンス、歌唱、語学スキルどれをとってもパーフェクトな集団という記憶がある。
いやしかし、彼女たちのことをアイドルと称してはファンが怒る。
アーティストと呼ばねばならない。
そしてこの曲は、元アイドルという珍しい経歴を持った作曲家が手掛けたと聞き及んでいる。
一度会ってみたいものだ。
私はK-POPのサウンド要素をこのバンドのデビュー曲に取り入れたいと思っている。
彼が信用に足る人物であればの話だが、アドバイスをもらいたい。
鼻から大きく息を吸い込む。
入ってきたのは、微かなタバコの匂いと、ブラックコーヒーの匂いだ。
恐らくは前の使用者が喫煙者だったのだろう。
喉を大切にするのならば、カフェインは摂らない。
ということは、前の使用者のおおよその予想がついた。
「」
「」
そして、ちょうど一曲聞き終わった頃。
誰かが私の肩を叩いた。
ビクッとその場で身震いし後ろに下がろうとして、踵を壁にぶつけた。
私のことを知っている人間であれば、私に触れようとはしないはずだ。
キリカちゃんではない。
となると誰だ。
一瞬硬く瞑った目を開けると、目の前にいたのは飛鳥だった。
「あ、ごめん」
両手を挙げて、申し訳なさそうな顔をしている飛鳥。
ピンク色の寝癖がゆらゆらと頭頂部で揺れている。
まんまるで潤んだ茶色の瞳はまるで子犬のようだ。
おちおち音楽も聴いていられないとは。
「」
壁から背を離して、私のベースが立てられた場所の方に向かう。
三人の視線が刺さっているのは分かるが、何も声をかけてこない以上、私も何もしない。
そして近くにある丸椅子に浅く腰をかけた。
――あーあ、キリカちゃんまだかな。
大してみるものも無いので、遠巻きに三人のことを観察してみる。
金髪碧眼のMOMOこと、三枝桃(さえぐさもも)。
ピンク髪のちっこいのは、丹羽飛鳥(にわあすか)。
黒髪で、一番目つきが悪くて態度がでかいのは岩崎一蕗(いわさきいぶき)。
期せずして、顔は知られてしまったが、形式上は今日が初顔合わせになる。
この三人のことはいまいちつかみ切れていない。
それに、今回は私もメンバーとして入ることになる。
この三人と、私。
合わせて四人の個性をまとめ上げることは、今まで以上に難しい仕事になる。
デビューまであと五か月。
曲自体はもうできていないといけないくらいだ。
ジャケット撮影、収録、販促、宣伝……これからのスケジュールを思うと頭が痛い。
各方面に何度も頭を下げることになるだろう。
なのに何で、そこまでして、一大プロジェクトに私を参加させようとしたのか。
待てるギリギリのところまで私を待った、紀麗華の真意を測りかねる。
彼らに先ほど、「何故、今更メンバーになるのか」と聞かれたが、正直私自身よく分かっていないから答えられなかった。
「ねえ、キリカちゃん」
私だって聞きたい。
今ちょうど、スタジオに入ってきたキリカちゃんを真っすぐ見る。
教えてほしい。
なんで私を彼らに引き合わせたのか。
彼らが持っていて、私が持っていないもの、私の音楽に欠けたものの正体を。
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