第12話 退屈=失望感

重厚感のある鉄扉が、

キキキと音を立てて閉まると、

時差で埃っぽい空気がぶわっと、

三歩分離れたところにいた俺の顔にかかった。


「はーーーーめんど」

正直ここはお気に入りの場所だった。


自分くらいしか来ないし、

街を見下ろせるし。


また一つ居場所が減った。


事務所の先輩ならまだしも、

不潔な見た目の陰キャがこの空間に入り込んだことが不愉快だ。


端から垂れた、細く、長い黒髪は最近話題のホラー映画に出てきそうなほど、不気味で。


青白い顔はまるで死体のようだった。


現場にで見かけるモデルも似たような白さで、骨と皮ばりの体だが、あいつはそれ以上に生気が感じられない。


今は、扉の向こうに消えたあいつ。


屋上でただ一人、リラックスするでもなく立ちずさんでいるのが馬鹿馬鹿しく、腹立たしい。


狭い屋上をグルグルと。

意味もなく歩いて、ドサッとベンチに腰を下ろす。


膝に手をついて全体重をかけると、

自然と頭が下がり項垂れたようになる。


「はーーーーー」


自分の思い通りにいかない駒がいると無性にイラつく。


駒は駒通りに動いていればいいものを。


自分の唯一の弱点を挙げるとすれば、完璧主義者である点にある。

自覚はあるが、こればかりは仕方がない。

全てにおいて妥協する気はないのだから。


ずっと同じ体勢でいると、頭に血が昇る。

そろそろ顔をあげようかと言うときに、ポケットでバイブ鳴った。


「はい」


「いいんちょー」


「浅村か」


高校からだった。

岩崎という家に生まれ、桂陽学園に入った以上、

生徒会長はマストだ。


高校一年生、入学式当日に全校生徒の前で指名されて断るに断れなかった。


いつもそうだ。


『岩崎家だからお役目を果たすのは当然』

と、俺が望むと望まざるに関係なく、

地位や名誉や感情を押し付けてくる。


時折、全てが面倒で、手放したくなる。


結局、面倒だと思っても今みたいに、電話に出てしまうのだが。


「いいんちょーいいんちょーあのねー、予算答弁がもうそろそろあるでしょー」


「10月19日の放課後だろう?」


「うんそれそれー」


「どうした?新予算案提出に伴う企画書は3本とも、事務局の承認を得ているはずだし、予算案も間違いないはずだ」


「そうなんだけどねー理事会のじじーどもがね、『合宿の交通費が7000円多い気がするが、これについて説明してもらいたい』って言ってるー」


「今年度の全国学生連盟主催の合宿はまだ決まっていないから、正式な交通費は算出できないと伝えたはずだが?」


「いいんちょーがいない時を狙って来るあたり、汚ねーじじーどもだよね。あはは」


間延びした声と、乾いた笑い。


ゆるゆると生きている様は、モモに被るが、こいつは無意識のうちに暴言を吐くあたりが違っている。


会議に出席させようものなら、

理事会の先生方のカツラを開口一番で指摘するわ、

気に入らないことがあると扉を蹴破って出ていくわで、

爆弾抱えた気分になるが、

不思議な力でも働いているのか、俺が仕事を頼むとどんなことでも完遂してくる。


実務能力があるようには見えないし、粗暴な浅村がどうやって仕事を終わらせているのかは永遠に謎

だ。


「今電話しているということは、追い返すことはできたんだろ?」


「もち〜」


「明日学校に行ったら、俺から説明する」


「おけまる」


「じゃ」


「ばあい」


プツと電話を切ると、周囲には風の音しかしなくなった。


ビルとビルの間を抜けていく風は、吹き付けるように強くて、近くの繁華街から食事と生ゴミの匂いを同時に運んでくる。


下から聞こえる、エンジン音や、喧騒が増した。

証明もビルから降り注ぎ、オフィスの電気が一つ、また一つと消えていく。


人間の血管のように入り組んだ都会の通路には、光が満ち溢れているのに対して、屋上は恐ろしいほどに何もない。


まるで違う世界にいるような感覚になる。



「」

自分に与えられた僅かな自由時間。


生徒会の時間と、自習の時間、稽古事の時間や、親父の会社の仕事を早く終わらせて余った時間を使って、今日のように事務所に来れているが、それもいつまで許されるか分からない。


「寝れねー」


不眠症の気がある俺は、寝れそうなときに寝れそうな場所で仮眠を取るしかない。


屋上には寝に来たが、あいつのせいで完全に目が冴えた。


「クソ」


掌で目を覆いながら、天を仰いだ。


こうしていても生産性がないことはわかっている。


「おい、モモ」


「なになに」


「今どこだ」


「え、事務所だけど?」


「この後1時間空いてるか?」


「うん。仕事は17時〆だったから」


「なら第3レッスン室まで来い。飛鳥はもういるだろ」


「え、まあいいけど。珍しいね?」


「前の予定が早く片付いた」


「へーそっか。なら今から行くね」


「5分後に開始だ」


「はいはーい」


電話をかけたら、運良く全員の居場所が一致した。


飛鳥は中学生だから通学以外に用事がなく、モモは大学も仕事も終わらせたということは、練習開始時間を早めても問題はない。


手にしていたスマホをポケットに突っ込み、ベンチから重い腰を上げると、ガタッと音がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る