第10話 ビルの屋上





「面倒臭い」

「一人でも十分やっていける」

「人と会話したくない」

グルグルと、バンドに入らなくていい理由を並べ立て続けたが、

同時に自分が逃げているだけなのだということにも気づいていた。


一週間逃げて。


気の向くままに音を興して、寝たいときに寝る。


人との会話は無し。


まるで廃人のような生活を送って気が済んだ。


一週間考えて、「Blank _」(ブランクスペース)に入ることは決めた。

今日、仕事上がりのキリカちゃんと夜ご飯を食べに行くことになっているから、その時に直接言おうと思ってる。




「私はベース兼作詞作曲かな」



それでもまだ「Blank _」には、ヴォーカルが足りない。


今までは岩崎一蕗がピアノと兼ねてきた。


ライブを見た限りでは、アーティストと言うよりは、趣味を極めた人間の域を出なかった。

良くも悪くも、容姿が優れた彼らがこのまま売り出された場合、世間にはアイドルとして認知されてしまうだろう。


それは、バンドとしてキャリアを築きたい彼らにとって本意ではない。



インストルメント的には、

飛鳥のドラムが一人だけズバ抜けていて、

モモに関しては趣味に毛が生えた程度。

岩崎一蕗は、教科書通りの演奏はできても、音に感情がのっていない。



とはいっても致命的なレベルではないので、粗削りな所は良い曲を充てればカバーできると踏んでいる。



デビューまであまり時間が無いこと、

知名度がそこまで無いことを考えると、

最初のステージ成功させるには、最近話題のシンガーソングライターと組んで、

「コラボレーション」という形で売り出すことが最適。


大御所の中にも協力してくれそうな人は何人か思い当たるが、それだと彼らが喰われてしまう。


適任は誰だろうか。


「Heath」の名前を出せば、大概のオファーは受けてもらえると思うが。


ここで人選を間違えると、「Blank _」のデビューは失敗となる。


「ふむ、」



事務所屋上。

小さなテラスには、長椅子二つと、申し訳程度に置かれた花壇。

木は両端に1本ずつしか植えられていない。


周囲は転落防止用のフェンスが張られていて、まるで閉じ込められたようにすら感じてしまう。


だからだろうか。


小一時間ボーっとしていても、誰も来ない。


夜が来る時間が段々早くなってきた今日この頃。

遠くの空が紫交じりの茜色をしているということは、明日は雨でも降るのだろうか。


私は低気圧に弱い。


雨が降っている日は、朝起きるのに要する時間が30分は増えるし、日中は何をするにもやる気が起きない。

何回かに一回は頭痛がする。



「雨嫌い」


溜息と同時に言葉を吐き出す。


コンクリートの灰色が心に侵食してくる。


長椅子に座ったまま大きく仰け反ると、世界が反転した。

じわじわと頭に血が上ってくるのを感じながら、目を開き、固まる。


この顔をすると、キリカちゃんが心配するのだが、たいてい私は何も考えていない。


息を吐ききっても吸わず、そのままにしていると肺がキュッと閉まる感覚がする。


そして一気に息を吸い込みながら、姿勢を戻す。


黒く、毛先が絡まり放題の髪が重力に従って下に落ちる。


目を覆うほどに長いそれは、買ったときの長さのまま。

サイズを合わせることなく、そのまま被っている。

毎日。

恐らく養父母は、私の地毛の色をもう忘れてしまっているのでないだろうか。

顔合わせの時に一度、地毛で会っている。


目の色にしても、

色素が薄いせいでよく

「カラーコンタクトをつけているのではないか」「ハーフなのか」

と生徒指導の先生を筆頭に、突っかかられるが、後者に関しては自分でも知らない。


生まれの両親の顔は覚えていない。

色素からして、少なくとも産みの父または母は、外国籍の血を引く人間であったのだろう。


「」


空に向かって手を伸ばすと、シャツが少し下がってきて、手首が覗いた。

病的なまでに白い皮膚。

太陽に長時間当たると蕁麻疹ができてしまう脆弱なそれとは付き合いが長い。



これらの身体的特徴全てが、私を異分子たらせる。



自分は捨て子であること。

養父母とは血が繋がっておらず、身体的特徴が似ていないこと。

諸々を説明している。


淡々と説明すると、大人たちは引き下がってくれる。

寧ろ、労わってさえくれる。

その時間がもったいないと思いながら、毎回黙って偽善を受け取るのだが。


同級生や、先輩たちからは「色が違う」というだけで、物を隠されたり、仲間外れにされたり、罠にはめようとしてきたりと様々。


中学に進学してから誰にも地毛を見せず、目はメガネで覆うことで隠すようになった。

服も極力露出が少ないものを選ぶ。


だからスカートを極限まで引き伸ばし、靴下は引き上げている。




「……」

毛先を摘み上げ、パラパラと落とす。

自分でもダサいとは思う。

事務所に入る時、毎回怪訝な目で見られる。



「二代目もお釈迦ね」


私の乱暴な扱いに耐えてくれたウィッグに心の中で合掌する。


そろそろ変え時かもしれない。


ボンヤりと。


見渡す限りビル、ビル、ビル。


渋谷の街は、隙間なくビルで埋め尽くされていて、時折息が詰まる。


人も道が埋まるほど歩いていて、高知に帰りたくなる。


長椅子の上で膝を抱え、目を閉じる。



後々、この時目を瞑ったことを後悔することになるのだが。

今はまだ知る由もなく。


そのまま眠りに落ちた。



背後で、ガチャリと音がしたような気がしたが気のせいだ。きっと。




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