第9話 遠からず当たり




昼休み。

学校の中庭でゼリーを啜っていたら、ブレザーのポケットに入れていたスマホが揺れた。

日なたで微睡んでいただけに、急に音が鳴ると驚く。



「学校では、電源切ってるんだけどなー」

要は、自分が電源を切り忘れていただけなのだが。

もしも教室で鳴っていたらと思うと、ヒヤっとする。


軽く身震いしながら、応答ボタンを上にスワイプして、スピーカーの部分を耳元に持ってきた。


「もしもし」


「あら、やだー永良?」


女口調の低音といえば、私の近辺には一人しかいない。


「キリカちゃん、どした」


キリカちゃんが昼間に電話を掛けてくるなんて珍しい。

何かあったのだろうか。


嫌な予感を微弱に感じながら、応えを待つ。


電話の向こうでは、キリカちゃんが大きく息を吸ったり吐いたりしているのが聞こえるだけだ。


時間が経つほど、胸のザワつきは酷くなる。


「キリカちゃん、なに」


待てなかった。


すると、キリカちゃんは息を詰まらせて言った。


「あのねー」


「うん」


「永良、」


「なに」


「大変いいにくいのだけどー」


「切るよ?」


「待って待って待って!!」


会話はあまり得意じゃない。

長く続きそうな躊躇いに付き合わず、電話を切ろうとしたら止められる。


まったく、何なんだ。


「」


「それがー」


「」


「永良の正体、バレちゃいました!」


「は?」


「許してちょ」


「いや、」


「本当にごめんんんんん」


「待って」


「はい」


「誰に?」


「それがねええええ、永良がこの間会った三人組にバレちゃったのよお」


電話の向こう側でワンワンと泣くキリカちゃんは置いておくとして。


あの時バレたにしては報告が遅いような。


定期試験前のことだ。


今では、試験の結果も帰ってきていて、全校にまったりムードが流れている。


斯く言う私も、たまに「保健室に行く」と言っては、校舎裏の木陰で涼んでいたりする。


「何で今言うの」


「…ごもっともデス」


「」


「」


「」


「」


「」


「ここで静かにならないでええええええごめんってっばああああああ」


「、」


「何でもするからあああ」


何だか非常に慌てている様子のキリカちゃんは、面白い。


しばらく放っておこうか。


いや、でもちょっと煩いな。

耳が割れそうだ。


「今電話切ったら、学校まで迎えに来ちゃうでしょ?」


「そりゃあもちろん!!」


「だめじゃん、社長なんだから。会議も打ち合わせもあるでしょ」


「でもでも!!永良が」


「はいはい」


「……許してくれる?」


「許す許さないじゃないよ」


「」


「どうするの?」


「、」


長い沈黙の間。

私は彼らのことを思い出していた。


熱を出して、寝込んだあの日。


私を抱えて歩く、黒髪の男がつけていた碧いピアスのことなら覚えている。

キラリと輝いて、綺麗だった。


澄んだ碧だった。


夜空のような碧なのに、光に当たると水面みたいで。


でも肝心の顔がうろ覚え。


口調は、、、思い出せない。


後の二人は、あの部屋にいたかどうかすら怪しいが、キリカちゃん曰く三人揃っていたそうだ。


家に帰ったら資料が残っているだろうか。



「私の正体が公になったら、私は活動を続けていけない」


「…そうね」


「どうするの」


「あのね、完璧に断言されたわけじゃなくてね、推測を並べられただけなんだけど、恐ろしいくらいに状況証拠を揃えてきたわ」


「」


「箝口令を敷いたところで、知ってしまった事実は変わらないじゃない?」


「まあね」


「そこで、永良をバンドの四人目に迎えちゃおうかな…って?」


「」


「てへっ」


「」


「」


「」


「冗談だってばああんもおおう」


「今の本気でしょ」


「うん。バレた?」


「バレバレ」


どうするか。


私がバンドに入る?


確かに、相手を黙らせるなら、相手の一部になるのが手っ取り早い気がしないでもない。



「ふーん、ちょっと考えさせて」


プチっと電話を切る。


今短絡的に答えを出すことはできないことだったから、電話を切ることにした。


一方的に電話を切るくらいの八つ当たりは許されてしかるべきだ。



「さーてどうしようかな」と心の中で呟きながら、コンクリートの上に寝転ぶ。


手を頭の下で組んで、枕代わりに。


手に砂利が少し食い込んだ。


視界は青でいっぱいになる。


雲一つない青い絨毯はどこまでも続く。


鼻先を少し冷たい風が通り過ぎていき、雑草と土の匂いを運ぶ。


真上で輝く太陽がまぶしくて、目を閉じた。


目を閉じれば入ってくる情報は、音と匂い。


遠くで誰かがギギギと椅子を引いて立ち上がり、上履きをパタパタさせながら歩く集団が割と近くの廊下にいる。


今、校内放送で流れている曲は二年前に流行ったドラマの主題歌だった気がする。


「」


もう一度目を開けて、視界を青で満たす。




――私は、どうしたらいいのだろうか。



これはチャンスか。


失敗につながる坂道か。


私は、音楽が好きだ。


音を創り、言葉を載せる。


それ以外、正直どうでもいい。


人との会話も、学校もどうでもいい。

些事。



ただ、音楽だけは。


私の音楽には何かが足りないのは分かっていた。


ずっと考えても分からなくて。


分からないながらにも創ってきた曲が評価されて、世の中に流れていく。


分からないものは、分からないまま。

時間だけを重ねていく。




もしかしたら、私は今知るべきなのかもしれない。


私に欠けているものを。



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