第8話 あの子は誰
パタン、と扉が閉まり
少女が去った後。
社長室には沈黙が降り……
るはずもなかった。
「おいキリカ サン」
ソファの端に軽く腰掛け、
膝の上に片腕をついた状態の一蕗の顔は見えないけど、
恐らく無表情。
あいつは、怒ったときほど冷静になるタイプしい。
いつもガサツで、
御曹司らしさの欠片もないジャイ○ンっぷりを発揮してるのに。
過去に一回だけあいつを怒らせた人間がどうなるかを見た。
その時も、妙に静かにしていた。
嵐の前の静けさ
とでも言うのか。
飛鳥の実家のライブハウスの一件。
親父さんに連日詰めかけていた女や、
その道の職業の人間であろう黒づくめの男たち相手に一歩も引かず、
逆に相手を刑務所送りにしていた。
相手には余罪があったらしい。
それでも、一蕗が普通じゃないことくらい分かる。
チェスで対局するかのように相手の動きを読みながら、
淡々と
相手を潰しくあいつは
悦に入ることも、残虐になることもなく。
――まったく、うちのバンドはとんでもないヤツばかりだよ。
「やれやれ」
先が思いやられる。
キリカちゃんも、どうかしていると思うんだ。
僕も含めて、厄介な人間を寄せ集めて。
最初は、一過性のグループを作りたいのかと思ってた。
その企みに乗ってやろうと思ってた。
ちょうど、モデル以外の仕事も欲しかったところに誘われて。
楽器をやってることは、あまり売りにしていないのに、バンドに誘われたからてっきり、テレビ番組か何かの企画かと。
集まったのは、モデルとしても通用しそうな顔の二人で。
――決った、これは遊びだ。
確信した。
どうせ長くは持たないと。
でも、違った。
テレビで露出は無し。
ライブハウスで下積み。
埼玉アリーナのショーの前座なんてデカい仕事なんかとってくるし、
作詞作曲をHeathに任せてるし。
正直、今、キリカちゃんが何を考えてるのか分からない。
自分としては、これも仕事の一つとしてしか捉えていないけど。
「さーて、どう転ぶやら」
肩を竦めて、両手を頭の後ろで組む。
天上を意味もなく見上げながら、キリカさんの返答を待つことにした。
キリカさんが大きく溜息をついて、口を開いた。
「何か言いたいことでもあるのかしら?
イブキ」
「ああ」
「聞いてるわよ」
「さっきのヤツ、あいつは何者だ?
何故、俺たちのことを知っていた?」
不快そうな顔をしている一蕗。
仮にも社長相手に敬語無しは勇気がある。
馬鹿、とも言えるけど。
逆に、一蕗が急に敬語を話し出すと、鳥肌が立つからまあ放っておいている。
対して、キリカちゃんは髪をかきあげながら
ゆったりと足を組み替えた。
そして、長く息を吐いて答えた。
「あんたち有名だもの。知ってて当然よ」
「ファン、ね」
「」
「俺達は、メジャーじゃない」
「そうね」
「良い時はライブハウスで前座やらせてもらったり、
サポートにいれてもらったりして。
でも大抵は、裏方。
‥そんなやつの、ファンになるなんて、
相当コアだ」
「着々とファンが増えているのは事実よ」
「まだある」
「」
「ファンにしては、俺たちに興味が無さすぎると思わないか?
なあ、飛鳥??」
キリカちゃんの顔から視線を外すことなく、問い詰める一蕗は何か考えているようだったが、
何を思ったか、唐突に話を飛鳥に投げた。
一蕗は何となく正体を掴んでいる気がしなくもない。
確信を得るまであと数ピース足りないといったところか。
「え、僕?」
当の飛鳥は、呑気に目を瞬かせている。
飛鳥は勉強は赤点とらなければいい方、運動はできる。
基本脳筋だけど、顔覚えだけはいい。
親父さんのライブハウスに来たアーティスト、現場で一度でも喋ったことのある人間は忘れない。
「飛鳥、あの女の顔に見覚えあるか?」
「なんで?」
「何でも、だ」
「んー、」
「」
「あ、」
「」
「A/dのライブにいたかなぁ?」
「‥ほー」
「うん、いたね」
「何を喋った?」
「すごく変な子だった」
「どこが?」
「その時僕、ドリンクスタンドで飲み物配ってて、ライブ中だから人来なくてすっごく暇で」
「それで?」
「あ、それでね。
やっと来た人があの子で、
ライブ中に出てくる人、珍しいなって思った」
「」
「その子さー、
ジンジャエール頼んで、
ずっとなんかヘッドホンしながらずっとパソコンいじってたの」
「ライブに戻らずに?」
「うん」
「でね、ライブ終わる前に出ていっちゃった」
本当に変な子だったなー、
と独りごちている飛鳥は放っておくとして。
これだけ条件が揃うと、僕にも分かってきたことがある。
一蕗を見ると、何やらスマートフォンをタップしたり、スクロールしたりしている。
そしてチラリと僕の方を見ると
「俺は忙しい。お前が何か喋れ」
と言いたげに、視線を向けてくる。
アイコンタクトなんて滅多にしないくせに。
「…」
今日は溜息をつくことが多い気がする。
「キリカちゃーん」
「何かしら」
こちらも何か思案中な御様子な社長様。
板挟みだ。
「これはあくまで推測なんだけどさー…」
「」
「社長直々に面倒を見ていて、作曲ができて、この会社にも自由に出入りできるって、
一般人じゃないよねー??」
一般人でないなら、何なんだ?
という話は一蕗が詰めてくれることだろう。
僕はお役御免。
役割は果たした、とばかりに一蕗を見る。
「上出来だ、腐れモモにしては」
望む答えは出せたらしい。
答えを外したら、「雑魚」とでも言われていただろうか。
そんなテンションを感じる。
「キリカ」
一蕗が見る見る先には、キリカさん。
考え込む様子はレアだ。
女の子がこの部屋から出ていった時からずっとそう。
足を組んでソファーに座り、肘掛にもたれたまま。
どこかをボンヤリと見つめている。
まさにログオフ顔だ。
「あの子が誰か?って話だったわね」
「ああ」
「あの子の名前は翡翠川永良」
「それは聞いた」
「私の娘みたいなものよ。よくお使いを頼むの」
「今日、事務所にいたのも社長の指示ってことか」
「そうね」
「へー」
納得がいかなそうな顔でソファから降り、キリカちゃんを見下ろす一蕗は
さっきからいじっていたスマホの画面をキリカちゃんに突きつけた。
「だからって、会議室に一人でいるのはおかしくないか?」
「待たせていたの」
「仕事終わりに約束でも?」
「ええ」
「じゃあ、おかしいな」
「どこがおかしいのかしら?」
片方の眉尻を上げて、一蕗を見るキリカちゃん。
キョトンとしている。
「会議室の予約を取っているのは、朴さんだ」
「」
「朴さんは最近あることで有名になっている」
「」
「Heathの専属マネージャーになったってな」
「…何がいいたいのかしら?」
「少なくとも、朴さんが関わってるってことは、Heath関連ってことになる」
「」
「そして今日の開いては田沼。
んで、第8会議室には、た人が待つだけなら不要なデバイスがあった」
「」
「あの女は、ただあんたを待っていたってワケじゃなさそうだな?」
「」
「あれ?答えてくんねーの?」
目の代わりに、青いピアスがキラリと光る。
片方の口角を上げ、薄笑いする一蕗は見るからに性格の悪いヤツだった。
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