第7話 言葉よりも音
幼いころから私は喋る必要性を感じない。
私には音楽があった。
いくつもの言葉を重ねて複雑怪奇な表現をするよりも、音の方が情報を早く伝達できる。
それなのに、なんで人は会話をするんだろう。
よく、分からない。
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「遅すぎるぞ、どこに行っていたんだ」
「まさか人様にご迷惑かけていないでしょうね」
ガチャリ。
事務所から電車を2回乗り継いで、10分歩いたところにあるマンションのエントランスで暗証番号を入力して、2階まで階段を登る。
そして開けた、鉄の扉は、不必要なほど大きな音をたてた。
音につられてでてきた男女は、既にパジャマ姿で。
整髪料のとれた髪は、日中のピシリとしたかんじでなく、ボワボワとしていて。
顔にもシミが浮かんでいるし、目尻やおでこに皺が刻まれている彼らは、私と同じ年代の子が持つ両親よりは、少し年代が上で。
もちろん、養父母だから、当然なのだが。
二度目の養父母。
一度目に私を引き取ってくれた人は、今の両親の父方のお父さん。
87歳で、この世を去った。
良い人だった。
私に、ギターをくれたのも彼だ。
喋れなくてもいい。
ゆっくり、伝える方法を探していけばいい。
そう言って、のんびりと私を育ててくれた。
そんな彼から生まれたとは到底思えないほど、厳格というよりも、神経質な今の両親は、何かとつけて人の目を気にする。
まあ、喋れない義理の娘なんて、不安要素しかないと思うが。
分かってる。
「ただいま」
と一言。
声を出すこと自体珍しいので、これで勘弁してほしい。
音声ソフトでセリフ集でも作って、何か返答しなくてはならない場合にスイッチ一つで対応させてやろうかと本気で考えているほどには、会話が億劫だ。
養父母の横を通り抜けて、白い壁と、木目の扉が幾分か続く廊下を通り過ぎて、一番リビングに近い部屋の扉を開けた。
「ながら」
と書かれた可愛いらしい看板がかかったドアを、カランカランと音をさせながら閉めると、全てが黒に塗りつぶされた。
「」
しばらくそのまま。
ドアの近くでズルズルと座る。
疲れた。
怠い。
しんどい。
久しぶりに風邪をひいた。
外から、
「今日の掃除はまだか」と、おばさんが呼びかける声がする。
「風呂掃除してから寝ろ」とドア越しに行ってから、向かいの自室に入っていたおじさん。
だから、私は今ここで寝落ちてしまう訳にはいかなかった。
立ち上がる気力が起きなかった私は小一時間ほどうずくまり、そして部屋の灯りをつけた。
18歳になったら、私はこの家を出て一人で生きていく。
その為に今から、お金を貯めているのだ。
高校生と、家事と、仕事と。
休んでいる時間は無い。
「」
PCとキーボードとギターとベースとマイクと。
所狭しと、機材や楽器が並ぶ部屋は淡白で。
勉強用の机と、ベッドと、机の上に並ぶ教科書以外のものはなかった。
服も、備え付けのたんすに収まるほどしか持っていない。
あと数年で別れを告げるであろう空間にはなんの感情も湧かない。
「だる、」
額に手を当てると、事務所を出た時よりも少し熱くなっているような気がした。
食欲はむしろマイナス。
「早く寝るか」
寝とけば治る。
もしもダメなら養父母にバレないようにこっそり、病院に行こう。
今日予定していたいくつかの作業を後日に回し、掃除と、最低限の試験勉強だけをして寝ることにした。
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