第4話 時代に取り残された人
恋も知らない小さな女の子が、恋を歌い。
生理も来ていないような、年端もいかない体を、半分は露出して踊る。
何故笑わなくてはならないのか、何故先輩アイドルに偉そうにされねばならないのか分からない、まだ社会を知らない幼子。
「そんな女の子を囲って楽しんでんのが、あのおっさんだろ」
アイドルプロデューサーとは名ばかりで。
小学三年生の女の子が、ガリガリに痩せた腹を晒して、骨ばかりの足を懸命に動かす姿を美談にするのはどう考えても間違っている。
あれで敏腕プロデューサーを名乗っているのだ。
芸能界など、多大な夢を抱いて入るべきところではない。
何が「美」たるか理解していないであろう、囲われた少女たちは、与えられた生け簀で競い合うことを強制し、自分に媚びを売って来る少女を愉悦の目で眺めるのが田沼だ――。
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「マネージャー、聞こえたら髪を耳にかけて」
事務所の第8会議室。
最大収容人数6人の小さな部屋で、私は小さな画面を覗いていた。
耳には無線でマネージャーと繋がったヘッドセット。
口元にはマイク。
歴代のマネージャーには毎度慣れないことをさせて申し訳ないとは思っているが、応対は全て任せてある。今回のように、私自身が事務所まで出張らなくては話がまとまらないことは稀だ。
私が所属するMIYAKO RECORDは一応、レコード会社の中でも大手なので、無理を通してくる人はそうそういない。
「キリカちゃんやるじゃん」と、心の中で呟いておく。
最初、オカマに声を掛けられたときは、私もついにカタギ卒業、新宿二丁目のバーでデビューするのかと思ったけども。
キリカちゃんは何と、普通、というか、芸能事務所の社長を一般人扱いしていいかは別として、今まで自分が出会ってきた大人の中では珍しく、マトモな人だった。
本来、1対1の打ち合わせには、今私がいるような小部屋を使うのだが、如何せん遮蔽物が少なくて、カメラや集音機材を仕込む場所が無い。
白い長机1つと、オレンジと緑のプラスチック椅子が3ずつ。その他は、奥側にパソコンが備え付けられたプレゼン卓と、天井からぶら下げられたスクリーン。窓に沿うようにしてホワイトボードが置かれているだけの部屋である。
植物の一つや二つでも置いてくれれば、何とかならないこともないのだが、ドッキリになれた業界人の中には、真っ先にこういったものをチェックする人もいる。
バレたら説明が面倒だ。
という訳で、マネージャーには特別扱いという体で、インテリアがかなり凝った部屋に案内してもらった。
ソファーもクッションもオブジェも、ゴチャゴチャして見えない程度にあって、機材を忍ばせるには適切だった。
茶色やオレンジで統一された部屋は、照明も暖色で、光度も少し落としてあるので、もしもここが事務所内でなければ、麻布にある会員制のバーの個室と言われても差し支えないほどだ。
そんな空間に女性マネージャー(三十路、未婚)を置いてきてしまったのは、罪悪感が無くもない。
「後で伊茶々丸の抹茶クリーム大福を、近くの百貨店で買ってくるか」と独りごちる。
そうという間に話は進む。
「ですからね、私は何も難しいお願いをしているわけではないのですよ」
先程から聞くに、彼は私に新曲を作らせて、私の名とともに、低迷してきた自身プロデュースのアイドルグループを持ちなおそうという考えのようだ。
田沼が昭和のアイドル王だとすれば、今や時代は令和。
新しいアイドルが次々と脚光を浴びている。
どちらかというと、田沼がプロデュースしているアイドルグループは昭和に取り残された、可哀想な集団にしか見えない。それを、田沼が積み上げてきた人脈と財を費やして、延命しているにすぎないのだ。
「おたくも業界の人間だから分かると思うけど、私は仕事を、お金で依頼しに来た客ですよ?プロなら、それに誠意で答えないと、今後困るんじゃないですかねえ。…仕事が来なくなってから泣きついてきたって、知りませんよ?今のうちに組んでおきませんか、ねえ?」
何やら苛立ってきた様子の田沼は、白いピチピチのスキニーパンツを履いた足をユサユサと揺らしていた。
顔も黄ばんでいるから、恐らくは喫煙者。
思ったよりもこちらが折れないことで、煙草も吸いに行けず少し落ち着かないのだろう。
煙の臭いを直に嗅いだわけでは無いのに、妙にこめかみ当たりの血管が煩い。頭がドクドクと波打っているようだった。
…早いとこ終わらせるか。
「マネージャー、『大変申し訳ございません。何分未熟なもので、プロの先輩方のように、どなたにでも曲をかけるほどの能力を持っていないのです。現段階では、突然思い浮かんだ曲を、書き留めては、相手様に送り、それが“運よく”使っていただけているだけの新人にすぎないのです。これからも先輩たちに付いて、色々学ばせていただきたいと思っております。それまでは、今しばらくお待ちいただけますでしょうか』とでも言っておいてもらえる?もう切り上げていいよ。時間の無駄だもん」
序盤から楽曲について話はしたのだが、「歌詞には絶対に『好き』と『恋』を入れて、アップテンポにしろ」だの何だの注文が多すぎたから、断ることにした。
私の名前を使わせる以上、失敗は許されない。
失敗したら「それ、見たことか。生意気な新人が失敗しおったぞ」といわんばかりに、一部のマスメディアが私をこき下ろしにかかるだろう。
適当なスキャンダルでもでっち上げて。
田沼のような人間から、金かポジションかネタでももらって、あることないことを平気で記事にすることは、予想に易い。
「仕事が無くなるのは困るしなー、しゃーない」
提示された金額に、多少の不満はあれどまあやってもいいかくらいには思っていたのだが。
興が削がれた。
「はぁー」
今日は怠さを自覚できるほどに、体が思い。
高熱が出ても気が付かない質の私にしては珍しい。
「あ、」
そういえば、行の道でポツポツと雨が降っていただろうか。
ということは、これは低気圧の影響という線が濃いだろう。
今、体調を崩すわけにはいかないのだ。
学校の定期試験と、新曲2曲と、課題が溜まっている。佳境だ。
期限が迫らないと何もやる気が起きない性分は、いつかは直さないといけないと分かっているのだが。
最小限の労力で、結果を出せるならそれでいいじゃないかという自分もいる。
「とりあえずこの部屋を出よう」
そう思った私は、椅子から立ち上がったのだが。
ガタン。
と大きな音をたてて椅子がひっくり返ったのと同時に、私の顔は灰色のカーペットの上にあった。
「痛い」
声に出して言えたかどうか怪しい感想。
意思に反して、瞼はどんどん重くなり。
その後の記憶は無い。
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