第3話 考察
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「みんな、リハ初めるわよ」
そんなこんなで話のキリがいいところで時刻は17:00となった。
予定の十分前までにスタジオに入って、三人それぞれ好きなことして、喋る。
それでマネージャーであるキリカが入ってきたら挨拶と一蕗イジリを経て、最後は一蕗の拳骨で締める。
そうやってお決まりのスタートが無事に切られた後、これまたいつも通りキリカがパンパンと手を叩いて話始めた。
「ここからはよーく聞いてちょうだい。…あなたたちもデビューシングルの件は聞いてるでしょ?」
「うん、”Heath ”って人が書いてくれるんだよね?」
「その予定よ」
「キリカちゃん、”予定”ってどういうこと?」
本当は彼女が使った”予定”という言葉の意味に気づいていながらあえて聞くモモ。
もちろんそれを分かっていたのは残りの二人も同じで、飛鳥は心配そうな顔、一蕗は威嚇するような顔をスタジオの中央で腕を組んで佇むキリカに向けた。
スタジオ内の空気が僅かに重くなる。
しかしそれは一瞬のことで、キリカはクスリと笑うと肩をくすめて言った。
「まぁ、あなたたちなら大丈夫よ」
「それじや質問の答えになってねーぞ」
「あなたたちも知ってるんでしょう、”Heath ”の噂?」
「うん、
『気に入った人にしか曲を書かない、影でこっそりクライアントについて調べる』
ってやつでしょ?」
「……それについては Yes とも No とも言えないわ。……けーど、」
「『けど、』何だよ?」
「あなたたちなら大丈夫。なにも”Heath”は理不尽な判断はしないわ。彼女は今までに私が見た中でも一番真っ直ぐで優しくい頑張り屋さんよ」
「”彼女”?」
「あ、」
「キリカちゃん、いま”Heath ”のこと『彼女』って言ったぁ~!!」
「あ、あらーー、私、そんなこと言ったかしら?」
「誤魔化しちゃダメだよっ!」
「へー、”Heath”って女だったんだー!口説き甲斐あるじゃん」
「口ぶりからして年はそんないってないだろーな」
「てことは、20代?」
「キャリアからしてそれが妥当だな」
「ねぇ、キリカちゃんは”Heath”の連絡先とか持ってないの?」
「黙れ、腐れモモ」
「えー、可愛い女の子との時間は俺の癒しなんだけど」
「カラスにつつかれて抉られろ」
「ブッキー、モモちーは何処を抉られちゃうの?」
「飛鳥、俺はどこも抉られる気はないからね」
「馬鹿アス、聞くな」
「えー、何でぇー?」
「自分で考えろってこったよ」
「むぅ…」
「……いや、そこ真剣に考えなくていいから」
「…」
この賑やかなスタジオ内で唯一口を開いていないキリカは、事務所の最重要機密をポロリと溢してしまったことに内心とてつもなく焦りを感じていた。
先程、一蕗に“あの子”が悪く言われているのを聞いたのも大きかったかもしれない。
もし、ここにいるのが違う、もっと腹の探り合いをするような相手だったらと思うと不幸中の幸いであるが、冷や汗ものである。
しかし、一瞬平常心を欠いたとしてもプロはプロ。
敏腕マネージャーの名を欲しいままにしている彼女が次々とボロを出しまくることはない。
「あのね、さっきのは言葉のアヤで…」
暴露の連載反応を起こすことなく直ぐに言い繕う体勢に入るキリカ。
しかしそんな努力も虚しく、頭の切れる一蕗をはじめとする三人の追撃に敢えなく撃沈。
それどころか自分の僅かな口調の変化からどんどんどんどん”Heath”の正体に近づいていってしまっている彼らに、キリカはもはや隠しきれないことを悟り、溜め息をつくと片手で顔を覆って俯いた。
「はぁ~、言っちゃったわー。どーしよん……」
「その様子からしてキリカちゃんはHeathと会ったことがあるんっしょ?どんな人だった?」
「それはねー……って、言えるわけないでしょうがっ!」
「えぇー、教えてよキリカちゃん」
「飛鳥…そんな可愛い顔で上目遣いしてきたってダメなものはダメなのよ」
「言え」
「却下」
「……」
「……」
「イブキも威嚇しなーいの。キリカちゃんもこれ以上言う気は無いんでしょ?」
モモとて多少は噂の謎多き新人楽曲家、しいては自分たちのデビューシングルを手掛ける人間の正体を知りたい気持ちがあったのだが。
相手はキリカ。
常日頃彼女の敏腕に助けられている身であるからしてこれ以上は情報を漏らさないであろうことは容易に予測できた。
勿論モモの予想通り、キリカは彼の問いに首を横に振った。
「ごめんなさいね、これ以上は言えないわ。それにHeathが女だって喋っちゃった時点で私、首が飛ぶかも…いいえ、彼女は気にしていないと言うだろうけどあの子との約束を破ってしまったこと自体、自分で自分を許せないわ。
あーー、なーんで喋っちゃったのかしらん……」
「ごめん、キリカちゃん」
「……さっさと本題に入れ」
「あらヤダ、キーちゃん。ついつい喋り過ぎちゃったわ」
「俺はキーちゃんじゃねえ、一蕗だ」
「じゃあ私のこともキリカちゃんって、よ・ん・で」
「無理」
「キリカちゃーん、僕、”本題”が気になる~」
能天気な声でブッタ切った飛鳥に、犬・猿よろしく応酬しあっていた一蕗と紀麗霞はそれぞれの矛を鞘に納める。
そして先に口を開いたのは紀麗霞(キリカ)の方だった。
「今回みんなを集めたのはデビュー・ライヴことを伝えるためだったの」
「決まったの?!」
「えぇ。
デビューはなんとなんと、
『ジャパン・ガールズ・コレクション2017 in spiring』
なのよぉ!」
「は?」
「モモはモデルで出たことあるから知ってるだろうけど、
ものすっごーい人が来るのよ。
ねっ?」
「…うん、毎年人酔いするモデルが出るくらいにはね。とにかくハンパないほどの人が来るよ」
「それってどれくらいなの?」
「そうだなーー……、
キリカちゃん、
今年の会場、代々木第一体育館と埼玉スーパーアリーナのどっちだったっけ?」
「埼玉スーパーアリーナよ」
「だったら、2・3万の観客に会場外のオーロラビジョン前にもう一万強ってとこかな」
「なんだそれ」
「すっごーーい!!!」
「本当よぉ。
しかも各アパレルの偉いさんがこぞって集うからモデルの取り合い、宣伝契約の取り合いとか色々凄まじいわよ」
「うぅ、何かちょっとこわーい」
「アスカの言う通り、争奪戦は恐ろしいよー。本当に」
「へー、モモちーおつかれさま」
「ん、ありがと」
「…おい、それってオープニングとエンディングどっちだ?」
「オープニングアクトよ」
「デビューにはもってこいだね」
「もっと大舞台でもいいくらいだぜ」
「さすがイブキ」
「んだと?」
「はいはい、こっち注目。
ジャパン・ガールズ・コレクションはね、売れっ子アーティストになる為の登竜門みたいなところなんだから滅多にないチャンスなの。
そーこーで、まず解決しなくちゃいけない問題がアナタたちにはあるわね?」
「ボーカルだろ」
「今のところ、俺とイブキで決まってたよね?」
「それで本当にいいのかしら?」
「ねぇーねぇー、僕は?」
「てめーは論外だっ、バカ飛鳥!!
一曲歌っただけで、音響さんが目眩起こして吐いただろ」
「それ絶対僕のせいじゃないもんっ!」
「じゃあ誰のせいなんだよこの不協和音精製機」
「ひどい」
「兼続さんに詫びろ」
「パパは上手いって言ってくれるもん」
「御世辞だ、御世辞。目に涙浮かばせてんのはな、耐えてんだよお前の声に」
「一蕗、言い過ぎ」
「」「」
「一蕗も素直に『練習くらいはつきあってやるから練習しろ』って言えばいいでしょ。そのまま」
「黙れ、桃」
「アンタたちー」
「はい!」
「…」
「ごめんねキリカちゃん、話続けてくれる?」
「アンタたちも今の案が妥協案だってことは薄々気づいてるんでしょ」
「……」
「そう、だね。イブキと俺はどっちかって言うと、アイドル向けだね」
「……俺も。バンドのボーカルってのはもっと……こう、なんか、」
「分かってるじゃない。アナタたちは『擬き』じゃなくて『本物』のバンドを目指してるんでしょ。違ったかしら?」
「決まってんだろ」
「真澄さんたちみたいなバンドになりたいっ!」
「真澄さんたち……って……」
「世界から日本に逆輸入ならまた違ってくるけど、アナタたちは日本でデビューするんだから世界を目指す前にまず日本、日本を目指す前に無事デビュー、でしょ。
な、の、に、まーだボーカルが決まってないのはちょーっとマズいんじゃないかしら?」
「それなんだけど、キリカちゃん。
何で社長はボーカルも決まってないバンドのデビューにゴーサイン出したのかな?
確かに俺たちは何年も前からそれぞれ下積みしたり、演奏の練習とかしてきたけどさ、ちょっと気になるんだよね」
「それもこんな急にデビューライブが決まるとか、何か隠してんじゃねーのか?」
「それは、自分たちで考えなさい」
「えぇー、キーリーカーちゃんヒントちょーーだい。お願いッ」
「……、これだけは言えるわ。
全てはあなたたち次第よ。
そしてあなたたちの言動1つで大きく道は変わってくるし、その良くも悪くも変わるチャンスは案外目の前に転がってるかもしれないわよ」
「勿体ぶらずにさっさと言いやがれ」
「キリカちゃん意味深んー」
「それじゃー分かんないよー」
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結局この話はリハに入ったことで有耶無耶となった。
――が、彼らは後に知る。
全ての仮説が嘘であったことを。
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