第2話 とある三人組とオカマ
「『プロフィール完全非公開のアーティスト”Heath”(ヒース)。次々ヒット曲を生み出す謎の超新星(スーパーノヴァ)の秘密に迫る!』だとよ」
手に持っていた、薄っぺらい雑誌を机の上に投げつけた男子は、艶やかな黒髪をかき上げた。
どこかの学校の制服姿の彼は、袖をまくって色白な腕を晒した。
切れ長で、すっきりとした二重。
肌も白く、顔の造作が一般よりも遥かに整ったその男子は、彼がドカッと足を机の上に載せ、不機嫌を隠そうともせず、耳に付けているシンプルなデザインのピアスを触った。
木貼りの床に、黒い壁。
窓は一つ、分厚いガラスがはめられたものが部屋の中央にあった。
ドラム、ギター、ベース、ピアノと、入り口付近から楽器やアンプが並ぶ。
光度の低い暖色で照らされた空間。
片隅にある、ローテーブルと椅子の周りには現在、三人の男子が集まっていた。
黒髪の少年とは対照的に、足を組んでゆったりと椅子に座る男子は、肩辺りまである城に近い金髪だ。
髪にゆるくパーマをかけており、身に纏っている服はどこか緩い印象を受けるといった風貌であった。
日本人離れした骨格もそうだが、コバルトブルーの瞳からして、外国籍の人間、もしくはハーフ。
と、そこにもう一人。
部屋の人間はこれで最後になるが、こちらは中学生か高校生か判断のつかない、背の小さい男子が、置き椅子に腰かけて、足をプラプラとさせていた。
ピンクのパッケージが可愛らしい、いちご牛乳を片手にチューチューと吸い上げていた。
「ブッキー怒ってる?」
飲み物を口から離し、小首をかしげながら、黒髪の彼を見た。
「あ”??」
案の定、機嫌の悪い彼は、低い声で返す。
「飛鳥、そう正直に指摘してやらないでいいよ。イブキちゃんはカルシウムが足りないの。分かってあげて」
「んーーじゃ、これ飲む?」
「テメーら、喧嘩売ってんのか?」
「はい、牛乳」
口の端を上げてにやりと笑った金髪の彼は、いちご牛乳の少年を諭すように言う。
それを真に受けた少年は、素直に手に持っていた飲み物を差し出すも、秒速で断られていた。
「いらねって言ってんだろが、しかも飲みかけ渡すな。飲み掛けを」
「ブッキーいつもよりオコりんぼさんだー!」
「あ“?」
「…それで?イブキは何をそんなに怒ってるのさ??」
「別に、」
「女の子とモメた?それとも欲求不満かな?」
「テメーと一緒にすんな、モモ」
「えー、男子たるもの、溜まるっしょ」
「黙れ」
「じゃあイブキは、自分で処理してるの?」
「んなわけあるか!」
「何の話?」
「あー、」
「飛鳥は気にしなくていいんだよー」
「えー知りたい!教えてよケチ」
「はいはいまた今度ね」
「えー」
ツンツンとイブキをつつくモモは、相手の眼光に殺気が籠ったことは気にしていないようだった。
イブキは、自身の粗野な言葉遣いが全てを帳消しにしてしまっているが、脱ぎ捨てられたジャケットをよくよく見てみれば名門「桂陽学園」のブレザーであり、シャツも一級品だ。
大企業の子息令嬢が、幼稚舎から持ち上がりで大学まで進学していくことで知られる桂陽学園の生徒は、迎えの車に乗り、親に決められた習い事に行くのが、放課後の常というものだ。
「ケッ」
といかにも気に入らなさげな様子で誌面から顔を逸らす一蕗(イブキ)。
円机に開かれたまま置かれた件の雑誌には、黒のシルエットに冒頭に出てきた見出しがデカデカと載っていて、ページの左下には正体の分からぬ彼又は彼女が僅か二年足らずで積み上げた功績が羅列されていた。
――デビュー一年目で「日本新人音楽大賞」「年間最優秀楽曲賞」「日本アカデミー賞最優秀音楽賞」を受賞し、
23週連続ヒットチャート首位を獲得。
二年目にはアメリカ、イギリス、カナダ等世界各国の音楽チャートにランクイン。 ヴェネチア 国際映画祭金獅子賞を受賞した、映画「Rain in the Dark」の劇中歌を制作。
同作でグラミー賞にも史上最年少でノミネート。そして去年同様年間最優秀楽曲賞を受賞し、日本音楽界史上初の二冠を達成。
都市伝説のような経歴を持つ作曲家、それが今、彼らが話題にしている人物らしい。
名は「Heath(ヒース)」。
一切の素性が公開されていないことから、一面に載っている、人物を模した画は、想像上のもの。
正体を暴こうとする者が跡を絶たず懸賞金も出ているそうで、
「日本人じゃないらしい」
「熟女らしい」
などと、情報が錯綜しているのである。
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:
「これだけのタイトルホルダーなら、関わった人間がいてもおかしくない。
なのに正体の噂一つ流れないってことは、バックが相当強いんでしょ。
…例えば、イブキの実家みたいに」
話題が変わらないことに諦めがかかったモモは、気怠げに椅子にもたれながら碧い瞳を細めた。
「『”Heath”は知らない間にクライアントを細かーく調べ上げて、ある日突然デモテープを送ってくる』
って、
こないだお茶出ししたところにいた音声さん?が。
でね、もっと怖いのが、」
「なんだ?」
「曲作るのを断られた人たちはあんまり売れずに消えていっちゃうんだってぇー」
イチゴ牛乳を飲む時とはまた違う目の輝かせ方をしながら高めのテンションで話す飛鳥。
だが、始まったその話も、すぐに中断することとなる。
「あらぁー、何の話かしらぁん」
ドアを開けて入ってきたのは、女性。
だが、女にしては低く、男にしては高い特徴的な声をしていた。
よく見てみれば、クビレが無かったり、足が筋肉質だったりする。
そもそも、この建物内に、ピンヒールにカジュアルドレスの人間は一人しかいない。
「キリカちゃんっ!」
「おつかれちゃんです、キリカちゃん」
「……ッス」
三者三様に挨拶を済ませる。
嬉しそうに笑う飛鳥。
ゆっくりとソファーから腰をあげるモモ。
足をぶらりとさせたまま、気だるげに迎える一蕗。
キリカと呼ばれた彼女は、くるりとなったブラウンの毛先を後ろに払いのけながらツカツカとソファーまで歩み寄ると座る前に、先客の顔を覗き込んで一時停止した。
「あらぁん、キーちゃん不機嫌?」
「そうみたい」
「、」
「そりゃまた何で」
「…ねぇねぇ、そのHeathって人がMIYAKO RECORD にいるって、僕たちと同じ事務所だって噂は本当なのかな?」
「…さっきのイケスカねー記事にそりゃご丁寧にデカデカと『MIYAKO RECORD所属』って書いてあったから当然だろ」
「……んー、でも、不思議だね」
「なにが?」
「同じ事務所でしかも”Heath”くらい凄い人となると、会っててもおかしくないよね。ずっと前からモデルで活躍してたモモちーなんて特に」
「確かに。
『岩崎家のお坊っちゃんだから』
って逆に先輩たちがキョウシュク?しちゃって
下働きさせてもらえなかったブッキーは別として、」
「おい、」
「別に間違いじゃないでしょ」
「勝手に遠慮なんかしやがって」
「まあ、いいじゃないの。で?」
「4年前からずーっとここにいた僕は会っててもおかしくないよねー、って話。なのに僕、それらしい人を見たことないや」
「飛鳥、」
「ん?なーに?」
「お前の下積み先の先輩って、確かHeathに曲書いてもらってたよな?」
「うん。
その先輩も言ってたんだけどやっぱり一回も接触ナシだったって」
「挨拶、顔合わせナシとか、ありえねえ」
「んーー…キリカちゃんならさすがに知ってるんじゃない?ねえ?」
「」
「僕たちも、自分のデビュー曲を任せる人間の基本的な情報くらい知っておきたいんだけど、ダメかな?」
「こういう時に限って、足並みが揃うわよねーあんたたち」
「で?どうなの?キリカちゃん」
「無理だろ」
「じゃあキリカちゃんは?」
「それも無理だろ」
「えーーー、むぅ…」
「膨れない」
「馬鹿アス、顔がリスみてーでウケるわ」
「ブッキーはいっつもナマハゲみたいな顔してるよねっ!」
「あ”?」
「…はいはい、そこまで。備品が壊れるから」
「むぅ、」
「…」
「二人ともいい加減にしないとスタジオ出禁になるよ」
「「はい」」
「……んーー、でも色々想像しちゃうよね。どんな人だろ、って」
「ねー」
「…なぁ、」
「ん?」
「俺たちも曲を依頼したってことは近々”Heath”がコソコソ俺たちのこと調べに来んのか?」
「さすがに本人が来るようなことは…」
「一応、今までの全部ウワサだしね~」
「だよねー。自分のことを絶対に他人に知られたくない人間がとる行動ではないからね」
「…まっ、飛鳥みたいなドジじゃ気付かず終わってさようならってとこだろ」
「ブッキー!!!!」
三人の中でも一番小柄で華奢な飛鳥が拗ねた顔をして大した睨みにもなっていない睨みを一蕗に向ける。
その唇を尖らせて斜め上に顔を上げるその様はまるで三歳児のようで、モモにはよりいっそうの笑いを誘っていた。
それでいて一番マッスルが必要とされるこのバンドのドラムを務めているのだから不思議なものである。
そして飛鳥はムクれた顔まま手元のミニテーブルに置いていたいちご牛乳を乱暴に、勢いよくゴキュゴキュと飲んで一蕗には気付かれないように舌を出して片目を下に引っ張っていた。
「あっかんべー」である。
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