Blank

鈴鹿黎

独りぼっち

第1話 冷めた目をした少女


クラクションの音、信号が変わった音、雑踏を行き交う人々の足音に他愛のないおしゃべり。


外国から来たと思しき集団がセルカ棒の先に付くスマートフォンに向かって笑顔を作り、楽しそうに笑い合う姿を前にボンヤリとしていると、警察官の制服を着た男の人が数人こちらに歩いてくるのが見えた。



「そろそろ潮時かな」



日本一有名な交差点、スクランブル交差点。

いくつもの大型電光掲示板が煌々と光り、ネオン街に光がともり始める。


そんな時刻に制服を着た女子高生が一人でハチ公前のベンチに座っていたら、セフレかなにかと間違われるわけで。


今ここにはいない筈の私がここで捕まる、そもそも警察のお世話になるなど死ぬも同然だ。あの人なら、いくら肉親であろうと主の障害となる者は本気で消しにかかるに違いない。



それは嫌だ。



警官に本格的に目を付けられる前に退散しようと、その場から立ち上がると、たった一つだけスッと耳に入ってきた宣伝があった。



「Ad/ニューシングル、Now on sale!!」



見上げれば、キラリと光る笑顔に不愛想にも見えるクールなきめ顔がそこにはあった。

ルックスが売りのボーイズユニットである。

ダンスは上級、歌唱もまあまあ上手かったはずだ。

ファンなら、千切ってでも持ち帰りたいポスターだろうが、電子ポスター相手にそれは無理だ。



レコード会社のロゴと一緒に、「Produced by Heath」と付け足された名前を、彼女たちが気にすることはない。

ファンにとって些細なことである。

誰が彼らの曲を作ったかなど。



「puruuuu,puruuuuu…」

突如鳴り響いた着信音に肩を跳ね上げさせながらも、相手の名前を確認したうえで通話ボタンを押す。



「おはようございます、翡翠川(みどりかわ)さん」

「はよ、」



マネージャーというか、自分に接する人は全員女性にしてもらっている。

それ以外は拘ってないので、自分のマネージャーの名前すら覚えずに、新しいマネージャーに代わっていることが多々ある。

今回も、電話越しの彼女の名前は知らない。



「翡翠川さん、今どちらにいらっしゃいますか」

「渋谷」

「どのあたりに」

「スクランブル交差点」

「ちょうどいい」

「」


「歩いても事務所まで10分とかからないですね。よかった」

「要件は」

「そうでした!あの、DCYレコードの田沼様がお待ちです」

「30分」

「それがだいぶ早くいらしていて、相手は他事務所の社長様ですので無下に扱う訳にもいかず」


「、」

田沼さんとは今日が初顔合わせのはずだが、マネージャーが言い澱んでいるあたり偉い人なのだろう。



「え、っと、田沼様は『おはよーグループ』のアイドルプロデューサーとして一世を風靡してからは、数々のTV番組の演出も担当されていて…」


「だから何?」


「あの、困ったことがあったら必ず、必ず、必ず、私じゃなくてもいいから、キリカさん、社長にでもいいから言ってくださいね」


「じゃあアポ通さないでよ」


「すみません、、、」


「いつも通り、マネージャーが応対」


「はい」


「別室からBluetoothで指示送るから」


「いつもの部屋に機材用意してあります」


「ん」


「他には」


「ない」


「助かります」




「いえ、こちらこそ。正体を明かさず活動したいなどという我儘を聞いてくださって感謝しています。では、」



マネージャーがまだ何か言いたそうにしていたが、信号が青になったので電話を切る。

さすがに作曲関連の質問を、マネージャーに任せきりにするのは無理があるということで、今日の打ち合わせには、私も同行することになっていた。


とは言っても、正体を明かすわけにはいかない。


今日みたいな日は、いつも、私が別室から指示を送ることで対処してもらっている。

面倒だが、正体を明かすほうがもっと面倒だ。


「」

「」

この辺りはノイズが酷い。

スクリーン映った数社分の広告から大音量で流れる音は、他社の広告の音に負けじと音量を吊り上げているようだった。


耳を塞ぎながら、今日も無事対岸まで渡りきると、ふと目に入ってきたのはスターバックスのウィンドウ。



そしてそのガラスに映る黒いゴワゴワの髪をひっ詰め、冴えないメガネをかけた隈の酷い無表情の女。



それに加えて膝下10センチはあるスカートは靴下とくっつき、明らかサイズがあっていないダボダボのジャケットは袖と肩を余らせているダサい着こなしもウィンドウに写り込む。

その姿をジッと見てやっと思い出す。




『あぁ、これが自分だ』と――。

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