第20話 女楽をそっと聞いてしまう仲忠と、それに対する女達の反応

 その頃、仲忠は女一宮の迎えに来た、と伝えにやってきていた。すると何やら琴の音がする。

 彼はそっと高欄の下で聞きだすのだが、さすがにそのことには弾いている側はさっぱり気付かない。

 誰だか判らないが素晴らしい手である。それを耳にするたびに彼は驚く。


「僕が清涼殿でお仕えした時の音そっくりだ。聞いたひとは居るだろうけど、こんなそっくりに弾くひとが居るなんて」


 そう不思議に思う。

 その琴の音は一つになり、夢中で奏でられているので、人がそこに居るかどうかにも気付かない。

 仲忠だけではない。祐純も近純も行純も格子の内側、母屋のすぐ近くに居るので、御簾を掲げて垣間見もできる。

 仲忠は藤壷達が居る大殿の階段をそっと上って、内側を覗く隙間を探したが、非常にきちんと作られた建物であるので、そんなところも無い。

 開けるためのものも無いのでどうしようと思って待つしかない。

 この様にして母屋の音楽は夜半まで続いた。

 その音楽の遊びが済んで片付け、そろそろ中の者達が眠ろうとする頃に、仲忠はあからさまな咳払いをし、こう言った。


「孫王の君はここに居るかな」


 すると一宮も藤壷も、それが仲忠の声だと気づいて驚く。


「何ってこと。いつもこんな心無いことをなさるのでしょうか」


とばかりに何も言ってこない。

 宿直をしていた祐純は驚いて出てきて御座などをしつらえる。


「ここに宿直に来たので、祐純さんの宿直宿に入れてくれませんかね」


と言って何とか仲忠は入り込むことができた。

 仲忠は南向の居間にいることとなったのだが、その南と西の隅には縁を刳物にした三尺の素晴らしい工芸品の屏風があった。仲忠には、端を唐錦で作った座布団が出されたが、それもこれも皆、涼が置いていったものである。

 女宮達や藤壷は仲忠がさすがにその状態で捨て置かれるのが可哀想になり、入ってくる。

 祐純と仲忠は中に、他の君達は格子の簀子の方に居ることとなる。

 仲忠は孫王の君を間に立たせて、こう女一宮に伝えさせた。


「父上の三条に行ってきまして、ようやく帰ってきました。宮のことが気がかりで迎えにきましたけど、今夜は帰らないつもり?」


 すると女一宮はこう答える。


「藤壷にようやくお会いできたのですもの。しばらくこうしていたいわ。ところで貴方、犬宮を一人放っておいたの?」


 さすがにそれには仲忠も「僕を乳母扱いにするとは心外だなあ」と思う。

 まあ仕方ないと思いつつ、夜も更ける中、祐純がこう切り出してくる。


「不思議と今夜は、昔そぞろ歩きしたことなどが思い出されます。貴方などもこうしてお歩きになったのでは?」

「そうですね……」


 などと二人で喋りつつ、夜明け近くになって仲忠は帰っていった。



 朝になって、仲忠は一宮に手紙を出す。


「昨晩は貴女方の合奏を長い間聞いてたよ。ずいぶん久しぶりのことだけど。

―――琴を弾くとは評判に聞いておりましたが、その音を昨晩本当に聞くことができて嬉しかったです―――

 そのまま帰っても冷えて身が縮まる思いだったな。内裏からお召しがあったから参上します。また夜に迎えにきます」


 そう書かれていた。


「思った通り、とても早い御文ね」

「貴女は何もこの歌に関しては考えなくていいと思うわ。そもそもあのひと、以前でも音楽は貴女しかできないと思っていたくらいだから。昨晩は珍しい手を貴女が弾いたから、前より一層上手になったと思いながら聞いたんでしょうね。私の箏の琴をいいと思ったとか書いてありますけど、私のなんて、もう全部聞いているのよ」


 そう言って返事も出さない。

 実際女一宮は、自分に出した文であっても、この歌は藤壷宛だと判っていた。何ほをやっているやら、と思ったので少し意地悪したくなったのだ。

 そんな彼女の気持ちも知らず、返事が無いのを不思議に思った仲忠は、それでも参上する。

 そして夕方内裏からこうまた文を送った。


「退出しようと思ったのだけど、昨年途中で読むのを止めてしまった先祖の文を御前で読んで欲しいとの仰せなので、皆お見せになることに…… ちょっと難しいところもあって。明日の夜に退出します」


 女一宮はそれを見てこう言う。


「そう、ならいいわ」


 ちなみにその間の仲忠の宿直の支度は、宮の母君である仁寿殿女御が用意されたとのこと。

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うつほ物語④次の東宮はどの女君の産んだ宮?そして巻き込まれたくない藤原仲忠くん。 江戸川ばた散歩 @sanpo-edo

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