第17話 藤壷に仕える女房達、あれこれ噂する

 また、仲忠からも今朝の藤壷からの文に対する返事が来た。


「こちらから参上してお詫びしようかと思っていたのですが、お伺いできないままに返事をいただいてしまいました。

 ただいままで帝の御前におりましたが、大変気分が悪くなって退出致しましたので、失礼して消息にしました。

 若宮のところへ伺いたいと思っているうちにそちらからそうおっしゃって下さったならば、喜んで家司雑役にもなりましょう。貴女様の文のうちこちに涙がこぼれて読めなくなった処がございます。

―――私の袖の上に置いて読んだ御文の文字は、最初に涙で見えてしまいました―――

 涙のためにとうとう、御文をちゃんと拝見できなくなってしまいました」


と書いてあった。



 翌日、藤壷は孫王の君に御髪の手入れをさせた。

 この時藤壷の御前には、孫王の君、兵衛の君、木工の君がいて、粥などの賄いをしていた。

 兵衛の君は藤壷にこう言う。


「実忠どののお贈りになって下さった箱は、昔返してしまったものとすぐに判りましたので、非常にしみじみとした気持ちになりました」

「確か開けて計ってみたら、三千両ほどあったのでは?」


 孫王の君が問う。


「二百両ありました。でもあちこちに預けて、結局弟のこれはたにはやれなくなりました」

「三千くらいありそうなのに二百とはずいぶん怪しい計量の仕方ね」

 

 藤壷も口を挟む。すると孫王の君が言う。


「はかりましたら二百よりは多いと思ったんですが。さてそれはどうしたことでしょうね。まあそれはさておき、この頃は昔のことばかり思い出します。実忠どのの色々と思い惑ったことも、暇になると何かこういうこともありましたねえ、という感じにしみじみと。上(藤壷)がこうやってお里帰りなさっていることで、世間の俗なものも目について思い出しもするものですねえ。宮中にお籠もりになると、上もでしょうが、私達も寂しくて仕方がありません」

「実忠どのはご立派でした。他の人にはできないことですよ。お一人でいらっしゃったお部屋にいつも私をお召しになったのですが、ともかくいつも伺っても上にこう申し上げてくれ、ああ申し上げてくれ、とそればかりでした。普通だったらそういう時、渡りをつける私の様な女房に手をつけることが多いのですが、あの方はそういうことは全くなさらなかったですし。いまどきの若い人にはそんな歯止めは利きませんもの。今でも一人を守って隠遁してらして、まるでひじりのよう」


 兵衛の君の、昔を思い出しての言葉に別の女房、少将が口を出す。


「私達女房に全くそんなこと言わない方なんて居ませんよ。兵衛さんはそう言うけど、本気にはできませんわ」

「そうでしょうかねえ…… 私達が近づけない程怖かったからでしょうか。ともかく私はそんなことは無くて済みましたのよ。本当に」

「まあそんな真面目な方、普通は無いですよ」


 仲忠とつきあいのあった孫王の君も、木工の君も「あなただけですよ」と言う。


 ちなみにこの孫王の君の母親は「帥の君」と呼ばれたひとで、優美で軽い口をきくひとだから、涼がちょっと遊びに、と行ったことがある。

 ところがそこはさすがに、どんな口を利かれても遊びとよく判っていて、さっぱり取り合うことはなかったという。

 ちなみに彼女には三人娘が居て、長女がここに仕えている孫王の君。次女は仲忠のところ、三の君は涼のところで、それぞれ「孫王の君」と呼ばれて仕えている。

 今現在藤壷に仕えているこの孫王の君は、髪が丈に余るほどで、堂々として、それでいてきちんとしていて、何かと人の気持ちにも聡く、気が利くひとである。

 かつては仲忠がよく通っていた女性であり、その記憶だけを胸にしているせいか、身分の良い立派な人やその子息達が言い寄っても一向に聞き入れず、藤壷一人に仕え、独り身を通している。

 このひとのお世話は紀伊国のおばがしてくれるのだという。何かと細かいことまで気付いてくれて、局には童や下仕えにも万事行き届く様にしてくれる。仲忠もかつては趣のある様なお世話をしたこともあるのだが、女一宮を妻にしてからはそういうことは前程にはしなくなった。


 ちなみに女房達だが、兵衛の君は子供っぽい可愛らしい人である。髪は身の丈より一尺長く、だいぶせっかちなところがある。

 木工の君はふっくらとした愛嬌のあるひとで、髪も長く、たいそう気が利いている。

 あこぎは兵衛の君に似て、頭つきも姿つきも大層可愛く、髪も身の丈より一尺くらい長く、このひとも気が利いている。あこぎみもそんな感じで快活ではきはきしている。



 

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