第15話 宿直の番と引っ越した先
さてそれでとりあえず宿直を改めて決めようということになったのだが。
「え、私達を宿直の番に入れてくれないんですかね? 入れてくれますでしょう?」
そう忠純が言い出した。
「行純はやってもらおう。近純は駄目。宮仕えが忙しいからな。藤壷のお住まいになる大殿に一人置く。六日間、毎日二人ずつ組んでやってもらおう」
そんな訳で、忠純の弟達も忙しくない者はそれぞれ番に入ることとなった。
「当番をしなかった者は罰として、一日すっかり御馳走してもらうことにすると」
順番やら何やら書き付けると、忠純は署名をし、行純に渡しながらこう言った。
「お前に預けるが、これを藤壷の大殿の柱につけて、もし番に欠席する者がいれば、兄だろうが何だろうが責めていいからな」
行純はそれを手にすると可笑しそうに喜んだ。
そんな兄弟の様子を眺めつつ、祐純は藤壷にすすめる。
「それでは我々の居るうちにあちらの殿に移りませんか?」
「そうですね、ちょっと気分も良くないので、向こうでゆっくり休みたいのです」
そう藤壷は返してきた。
「では今から」
兄弟はそう言って共に藤壷の大殿の方へと去っていった。
彼等の車には四位や五位、ありとあらゆる人々が大勢お供し、手引きにて案内して行く。皇子達二人も車に乗り、皆でわいわいと送り出した。
そんな様子を見て正頼は、
「藤壷はまた、何を思って向こうへ移ったのだろうな」
「何か
大宮は夫にそう答える。何しろ求婚者が多すぎたのだ。実忠の様に引きこもってしまう者も出れば、出家してしまう者も居る。かと思えば凶行に走った者もいた。そして何より、自分にそれなりに文を送ってきたと思えば、勧められた結婚で幸せそうに暮らしている者も居る。
「難しいことだな。色んな求婚者の文とかあれほど嫌がっていたのに。まあ我々にも色々問題はあったかもな。あの時はずいぶん騒いで強いて入内させたことだし」
「過去のことは過去のこと、そこは恐れても何でしょう。それより、今は宮仕え自体が窮屈なのでしょう。うちに居る姉妹が呑気に琴を弾いて喜んだりしているのを見て、まだあの娘も若いですから、羨ましいと思うのでしょうよ」
「だとすると、そのうち犬宮に琴を習わせる段になっても羨ましがるのだろうな」
などと正頼はこっそりつぶやいた。
*
そんな風に移ってきた藤壷の住まうこととなった大殿の町は大層素晴らしいものであった。
遣り水のあたりに、高く素晴らしく咲き誇る八重山吹、池のほとりには藤が沢山かかった大きな松。そこに植えられた春の花、秋の紅葉と言ったもの、あちこちに置かれた前栽の草木も大層良い感じのものである。
庭に引き入れた流れに岩を立て、滝を落とした景色など、他では見られない趣がある。ここを渡した涼は元々造園の趣味があったので、藤壷にとっては仮の宿りであっても、趣深く造っておいたのだった。
ここの西の対は闇の中でも見える程に照り輝いていた。そこに置かれたのが、世に有り触れた調度ではないからだろう。
寝殿は清涼殿を模して造ったが、そこにある調度類は有り触れたものなのでさすがに清涼殿とは思われないようにしてある。
寝殿は東西二つに分けて、東は一宮とその乳母四人、童、下仕えがそれぞれ二人ずつ居る。それぞれ皆充分に用意されており、一の対を蔵人の休息所とした。
西の対は二宮や藤壷につく身分の高い四位や五位の侍が多く仕えている。
その次の対は藤壷の親族達、西の廊は色んな人が集まる曹司となっており、門は東南に向いている。
何とも広い場所なのだが、それでも住む人数が多いので、結局は狭く感じられる様だった。
宿直をする藤壷の兄弟は夜ごとに檜破子に夜食を用意させ、藤壷のもとにも、台盤所にも行った。
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