第14話 何やら疑心暗鬼になっている父娘と割合呑気な息子達

 忠純は言う。


「私達家族以外は誰も皆実忠と同じですよ。世に居る人々は皆同じ様な思いを抱いています。実忠だけがそんなに貴女から思われるのはちょっと羨ましいくらいだ」

「いいえそんなことありません、思いもかけないことです。昔散々言い寄って来た方々の中でも、今でも私のことを忘れないのは誰でもない、実忠どのくらいなものです。それは、ちょっとした文の返しなどは達が度々書いていたようですが」


 藤壷はそう兄に反論する。

 母大宮はやや心配になり、こうなだめる。


「そなたに思いを忘れない方は沢山居ますよ」

「いいえ! 誰もそんなことは無いです。今では実忠どの程の方はおりません。

 少なくとも、私にとっては誠実に見えることはありません。

 ああ、あてもなく儚い宮仕えをしたために、失恋したとかで『いたづら人』になったり出家してしまった人達のことを聞くと辛いものです。

 私に思いを深く寄せていた人と結婚すれば良かった、と思うことも多いですのよ。

 無論そんなこと言えませんし、言ってはいけませんし。その都度辛く悲しくなってしまうことも」


 そう言って藤壷は泣き出す。

 大宮と祐純は藤壷の気持ちも分からないではないので、大層辛いのだろうな、と感じる。

 だがその他の人々は何故この女性がこんなに悲しんでいるのかがまるで理解できない。

 藤壷は言う。


「世間を知らなかった娘の時分は、私は結局、何事にも関心が無かったのです。今思えば、そのこと自体、ずいぶんと酷く悲しく感じます」

「まあそんなに今気持ちがささくれていらっしゃるなら、大雑把なところには居られないでしょう。祐純と私、とりあえずは我々から始めて二人ずつ、交代で貴女の宿直となりましょう。将来、私をはじめ男も女も、また子供まで、貴女と皇子を主として頼りにすることとなるのですし」


 すると、忠純の言葉に弾かれた様に再び藤壷は反論する。


「馬鹿なことを! どうして兄君達の主君になんてなれましょう。

 梨壺の君からお生まれになる御子が男の子であったなら、儲けの君になるでしょう。

 最近では女四宮の元にもお通いになるということですから、そのうちご懐妊することでもあれば、その時には世論も定まっていないので、必ずしも私の一宮が立太子するとは限らないのですよ」


 すると正頼が口をはさむ。


「まあ、梨壺の君についてのことがどうかは判らないけどね。

 確かに今、世の中は仲忠と兼雅親子の思うがままになろうとしているんだよな。

 今現在、一の人は伯父の忠雅だけど、私をはじめ皆誰も彼も右大将にはすっかり心を寄せて従ってしまっている。

 右大将が強引で無遠慮で悪いというのでもない。ただもう、彼の人柄というのは、対峙している相手の方が恥ずかしくなって、自然にその言うことを聞いてしまう様なものなんだ。

 東宮は帝には従順でいらっしゃる。そしてその帝が仲忠のことをお気に入りときたら? 

 兼雅親子が色々上手くもっていって、梨壺腹の皇子を東宮に、とお願いすれば疑いなくそうするだろうな。そして私もそれに反対はできない。

 東宮の母后もまた、忠雅や兼雅の妹にあたる。それこそ母后の里は向こうで、東宮の御心を如何にでもできるだろう」

「いやはや、皆困ったことでございますな」


 祐純はため息混じりに口を開く。


「何事にも評判というものがございますよ。

 東宮の座に就ける皇子が梨壺の君からお生まれになったとしても、右大将はそういった野心のある方でしょうか?

 だいたい今は、藤壷腹の皇子方を大層大事にしてお仕えしてくださっているではないですか。

 そう、この間のの日も皇子達のために、たいそう贅を尽くした玩具を用意してくれましたよ。そしてちゃんと立派な着物に替えて御接待なさって、御馳走もご自分から差し上げていました。

 まあ、帝の御信任も厚いという評判ですけど、実家の一族のために、と無謀なことはなさる方じゃありませんよ。

 だからこっちもこんな方を下手にひねた心で批判すべきではないでしょう」

「はあ…… 何ってことだ。見てみなさい。うちの子すらこの様に右大将の虜になっているよ」


 とうとう正頼はその様なことも言い出した。

 息子達としては、父親がどうも疑心暗鬼になっていると思うしかなかった。

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