第7話 藤壷・女御・大宮の噂や心配事ばなし
この様にして女御も三日間滞在することになった。
男きょうだい達は一番上の君から次から次にとわくわくしながらやってくる。
夕方になると、涼が直衣姿で颯爽とやってきた。
この時、簀子に御座を敷き渡してあったのだが、あこ君が簾のもとに几帳を立てて、
「君は亡きひとによく似ているね」
あこ君はそれを聞いて見渡すと、この時の涼はたいそう高貴で色気まで感じさせる。
振る舞いは今どきの一番と思っていた仲忠と同じ様なのだが、彼は彼で髪の辺りの雰囲気など、また別の意味で素敵だと思われた。
涼はあこ君を通して藤壷に伝える。
「退出なさると前々から承っておりましたら、こちらもそのつもりで様々なものを用意する予定でした。部屋位ですが、身分相応にと
すると藤壷もこう返してくる。
「千年もかけて磨いたとしてもこれ以上美しくはならないでしょう」
その声が、涼のもとにほのかに届いてきた。取り次がなくなくとも今回ばかりは大丈夫だろう、と彼も考えこう伝える。
「参上致しますと必ず申し上げるのですが、誰も取り次いでくれませんので、これから先、たとえ申し上げても伝えてもらえるのか判らないと思いましてじっとしていました」
「何かしらの交流をしたいというのでしたら、おたずねになるべきことを仰有らないのが一番いけないことだと存じます。貴方が仰有らなければ、たとえ深い志があったとしても、あこ君くらいではどうしてそれが通じましょう?」
「いつも申し上げたいと思うのです。ですが、お返事をいただけたのは今日だけでした」
などと交わしているうちに、弾正宮がやって来て、宮の御簾の中へと入って行き、母女御の君にこう問いかける。
「どうしてあちらにいらっしゃらないのですか? 十宮も私に母上のことを聞いてくるのですが」
「珍しい方と今対面していますのでね。むこうでもうしばらくお待ちなさいな」
「それはまた珍しい。私は東宮のもとへ参内致しましても、差し出がましいでしょうかから、普段は顔も出さないことにしております。まあでもいつもの様に仰々しくないだろうと思いますし、あんまりくどくどとは申し上げません。母上、少し前にも参上しますと私は申し上げたのですが、取り次いで下さらない様ですよ。『我を待乳の』という歌の文句ではありませんが、私を待ってくれる訳でもありませんし」
とか言っているうちに、夜食などがそれぞれの前に出される。
「ま、これからは始終お伺いしましょう。気になることがありますので、宿守にでもなりに」
弾正宮はそう言って立ち去っていった。
「そう言えば、この犬宮の五十日の餅のお祝いのとき、弾正宮があなたに変なことをおっしゃったのというのは本当かしら」
大宮はやや不安げな顔で女御に問いかける。
「いえ、どういうことですか?」
「世の中で困ったことと言えば、若くて色好みの子を持つことですね。とんでもないことです。
見たくない様な嫌なものを見るくらいならいっそ死にたいと思いますよ。
うちの中にも
ですけどちゃんとした北の方も決めてあったので、そこに住んで変なことも起こしていない様だと思っていたのに、どうしたことかしらね、どうもそっちにも居着かないで、ただ自分でどうしようもなく侘しがっているのですよ。
自分でも堪えられない、何としても思いを通したいと考えている様ですが、親に先立ってしまった可哀想なひとも居るのですから……
とは言っても『いや別に叶えていただきたい、という訳でもないのです。それどころか神仏にも『この思いを止めさせて下さい』とお祈りしようと思ってるくらいで』とまで言うものですから。
全く何だってこの様なことになってしまうのでしょうね。皆普通に喜び楽しんで生きて行くことこそがこの世の中ではあるべき姿ではないかしら」
「母上、そもそもあってはいけないことを想像すること、そのものが良くないですわ」
「実際どうかなんて知りませんよ。あってはならないのは勿論です。ああいやいや、そんなことは本当に」
すると女御の君は乗り出して。
「今更どうしたのです? 女一宮のことをあのひとが好きなことは前々からよく知られたことではないですか」
大宮は慌てて返す。
「違いますよ何を言ってるんですか。そちらの話ではありません。女二宮のことですよ。まだあの子が西の対にいた時、女一宮と碁をやっていたところを垣間見られて以来、ちょっとおかしくて。でもまあ、小さな頃から親しんできた子だかえら、恋心もいずれは治まるでしょうよ」
「女一宮も最近まで侍従だった人(仲忠)の北の方になったじゃないですか。大勢の殿上人の中で、帝はこの上なく彼をご寵愛になる様ですが、彼の様な破格な寵遇を預かるようなことが世にあるというならば、他の者も自分も自分も、と考えたりするのではないでしょうか?」
「何を言っているのです。あのひとと祐純を一緒にしてはいけませんよ。
人の価値は位では決まりません。態度、振る舞い、することなすこと全てが価値を決めるものです。
あのひとと自身を比べれば全く違うと判るでしょう。馬鹿な騒ぎを起こすことはないですよ、何も心配することなどありません。広く見聞きすれば、ものの判ったひとをつかうでしょう。
父帝に認められた様に、良いひとも悪い人もあのひとを好きになって、何とかして近づきたいと思ってしまうのは何故だと思いますか? 親が上達部や公達であっても、同じことを一緒に親しく話す時には結局その天分や才覚がものを言うのです。
自分がまだ若くて、やって世間に出てことを為す場合、ついつい見栄えで判断して、その人の言いなりになることがある様ですが、この様に全てふくめて優れた人に最後は皆なびいていくものですよ。変なこと言うものじゃありません」
すると藤壷も口を挟む。
「賢く振る舞われる方ですから、そのいう風に伝わってくるのですね。
ささいなことを自分一人の心で思い余って死ぬなんて、幼稚なことです。よくよくご注意なさいと言って差し上げる必要がありますね。
普通のひとと区別がつかない様なひとが、どんな優れたものにも成りかねないものですし」
「……それだけでなく、他にも心配なことはあるのですよ。
衣替えして参内したいとは思うのですが、帝のお側に上った時、私が居なかった時のことが気がかりで。
だから一宮のもとに居たいのですが、こちらの気も知らず、大将も二宮に近づきかねないし。
乳母のようなお心づかいだと思って、母上にぜひ二宮をお預かりいただきたいと思っているのですよ。他の男宮も片方の手綱が外れた馬の様に奔放ですから、何をやらかすか、あちらこちらへ参るなどと申して、色々心配なんですが」
すると大宮は笑って答える。
「若い男が来るのでさえ心配に思っている私の所へなど以ての外ですよ。
まあ二宮は一宮のところにお預けなさい。大将なら帝のお気に入りですから、帝が何かしら耳にしたとしても、良くないことだ、とは思わないでしょう。
それに二宮が一宮よりずっと大将の目から見て優れていたならともかく、……今のあのひと達ではねえ」
「それはそうなのですが、男の心というものが私どもでは判らないからこそ怖いのです。参内したいとは思うのですが、気ががりに思うのは、何かと二宮を寄越せとばかりに催促の文を送ってくることなのです。恐ろしい。……全く、あの后の宮の育て方がいけないのですわ」
などと女御もあれこれ言う。
―――うちに、夜も更けてきたので、皆眠ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます