第8話 翌日の二つの便り
早朝、東宮から藤壷に文があった。
「昨日のうちに返事を、と思ったのだが、そちらの様子も落ち着かないとのこと。すぐにお便りしては何かと思い。
―――同じ床にいるとばかり思って目が覚めた時の、何とも言い様もないやるせなさに比べれば、独り身の時の夢など何でもない気がする―――
もう独りではいられないよ。夕暮れなどはずいぶん頼りない心地になって、大空を見るばかりだ」
とある。
使いに来た内裏に出入りすることを許されている蔵人は兵衛の君の兄なのだが、その彼はこう言った。
「この夜はただ東宮お一方で何かと御遊びなどなさり、お眠りにはならなかった様でございます」
「そうですね、庚申の夜は寝ないですからね」
藤壷はそう返す。
「だから申し上げたではないですか。
―――もうお忘れになったのでございますね。夢の中でも私を思って下さるなら、現実の私と変わるものでもないのに―――
気のお早いこと」
そう文を書くと渡し、こう付け加える。
「禄をあげるはずだけど、面倒だから後で」
すると蔵人もその一部始終をくみ取り、笑って参上した。
*
そんなことをしているうちに女一宮から文が来た。
「退出なさって嬉しく思います。いつになったらこっちにおいでになるのか、とばかり申し上げていました。どうしてそちらからお声をかけて下さらないのかしら。早くお目にかかりたいものです。
宮中にはもちろん、里邸でさえ思うようにお会いできないというのでは。
昔はいつも中の大殿で二人仲良く住んでいたのに。
その頃に戻りたいものです。
どうしてもこちらへいらっしゃらない様ですので、こちらから参りますわ」
とある。早速藤壷はそれに返事を書く。
「お文をありがとうございます。
退出した折りにはそちらの犬宮ちゃんにまず会いたくてたまらないと思っていたのですけど、何やらこちらで大勢の方々がおいでになってしまったのでごめんなさい。
そちらからおいでになるということですが、いえいえ、そちらの御守の方がちょっと怖いのですが、私のほうから参りましょう」
ということで藤壷は、大宮にそのことを告げた。
「一宮のところへ行って、犬宮ちゃんを抱っこしてきますわ」
「あら。私もなかなか見ることはできなかったのですが、百日のお祝いの時にお餅を食べさせに上がった時にようやく見ることができたのですよ。あのひと達ったら、そんな時にも簡単には連れてはこないんですから」
ややため息交じりに大宮は言う。すると女御も口を挟んで来る。
「それでも母上、この頃はずいぶん犬宮も可愛らしくなりましたわ。起き上がったり、腹ばいになったりして。人を見てはただ笑いに笑ったりして、ともかく可愛らしいので、近くに寝かせて、常に見守ってる様ですよ」
「だったらなおさら、早く見たいものですわ。他人には見せない、なんて言っても、姉妹の様にして暮らし育った私に女一宮が隠すこともないでしょう」
「宮が隠すんじゃないんですよ。あの子はまだあまり分別もないので。むしろ大将ですね」
「父上には?」
「女の母上にすらそう簡単に見せなかったというのに、男の父上にお見せになると思いますか?」
女御の言葉にそれは全くだ、と皆で噂する。
そんな中、夕方になって直衣姿の仲忠がやってきた。
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