コーヒー
朝倉 悠
コーヒー
「すみません、コーヒーをホットで一杯お願いします。」
と店員に伝えると店員は無言で頷き、冷蔵庫からコーヒー豆が小分けされた袋を取り出した。コーヒーができるのを待つときにすることスマホをいじったり、下をむいて物思いにふけるなどたくさんある。しかし、私がやっていることは一風変わっているらしい。それはバリスタの動きを観察することだ。私は昔からバリスタのきびきびした動きを観察するのが大好きだった。子供の頃、週末になるとこの喫茶店ではないが、父に連れられてよく近所の喫茶店に来ていた。当時はまだコーヒーが飲めなかったからとにかくこの喫茶店にいる時間はとても退屈だった。人間は何もしてない時間というのを嫌う。暇つぶしとして始めたバリスタ観察だがあっという間に私はこの沼にはまっていった。金属製のコーヒースプーンで豆をすくってホッパーにいれる。そしてゆっくり丁寧に、一定のリズムでハンドルを回す。この洗練された動きを間近で見るのは最高だ。社会人になって一人暮らしをしている今でも暇とお金さえ払えばふらっとこの喫茶店に立ち寄っては彼の動きを観察している。これを何人かの友人に話したことがあるが、反応は共感でもなければ驚きでもなかった。へーっという しかし、観察っといってもただぼーっとどこかを見つめながらカウンターに座っているだけだ。傍から見たらどこかを見ながら物思いに更けている人の一人でしかない。そう思うと意外と人間というのは自分が考えているほど他人に興味がない。とあれこれ考えているとカップにコーヒーが注がれ、目の前に受け皿にのったコーヒーカップが差し出された。
この店にはいろいろな客がいる。パソコンで文章を作成する者、読書をする者、ただぼーっとしている者。みんな各々の時間を自由に使っている。この一見関係性の何もなさそうな人にも共通点がある。それは同じコーヒーを飲んでいるということである。それだけ?と思われてしまうかもしれない。でも、それだけだ。
この店にはメニューはオリジナルブレンドコーヒーの一つだけだ。同じコーヒーを飲んでいると思うと不思議と連帯意識を感じてしまう。実際にはまったくの赤の他人なのにだ。この意識はコーヒー以外のこの環境も全部含んだ上で生じたものなのかもしれない。誰も喋らず黙々と自分のしたい過ごし方をしている。聞こえてくるのは、バリスタが作業している音だけ。この様子を私は『心地よい静寂』と呼んでいるのだが、私はこの静寂が好きだ。きっとこの喫茶店にる客の中にも私と同じようにこの環境を気に入っている人もいるだろう。
一歩外へ出ると周囲は知らない人だらけ。そんな環境で生活をしていると嫌でも人と接しなければならない。ただ普通に生活しているだけでも様々な事が起こる。
久しぶりに友人に再開したり、好意を寄せている人からお茶に誘われたり。はたまた、気まずい場面に遭遇したり。人と会ったらまず会話をすると思うのだが、会話をしているとつい手持無沙汰になって気まずくなるときもあるだろう。そうして気まずくなると逃げ出したくなるのだ。でもいきなり走り去ることもできない。でも何もしていないのも嫌う。結果なにかその場でできる当たり障りのないことをしようとする。例として挙げるならスマホをいじったり、偶然見つけた自販機で缶コーヒーを
買って飲んだりすることだ。
こうすることによって『気まずい静寂』から『心地よい静寂』となる。
缶コーヒーであろうが一流のバリスタが入れたコーヒーだろうが、この『心地よい静寂』を平等に感じることができるのだ。それだけで私は世界中の人と繋がっているように感じる。別にこれがコーヒーではなくてもいい。コーヒーにこだわる必要性もない。じゃああれほどコーヒーについて語っていたのは何だったんだ。だったら紅茶だろうがコーラだってよかったのではないか、と思うかもしれない。実際これといって意味はない。これがコーヒーでなくてもいい。紅茶でもコーラでもいい。そもそもこれ自体独り言ですらないただの一人の人間の考えにしかすぎない。人間が考えていることはじつはきまぐれであることが多いし、やっぱり他人の考えていることはわからない。だから他人と繋がるのは難しい。『SNS疲れ』という言葉も他者と繋がるのに疲れた結果生まれた言葉だ。しかしこのコーヒーを通じた繋がりというのは少し特殊な繋がり方だ。この繋がりは実際に目視することができる繋がりでもなければ、SNSのようにそこに明確な数字として目で見えるものでもない。しかし、心では確かにそのつながりを感じ取っているのだ。下手に気を遣う物でもなく、一方な繋がりだ。物事にたいする考え方が多様化した今求められている繋がりはこういう繋がりなのではないか。
最後まで私の心の声を聞いてくれた人は是非この繋がりを感じてみてほしい。
この一杯のコーヒーの繋がりを。
コーヒー 朝倉 悠 @Akiyama_135
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