-2- 月面昭和基地

「由美って偶に不思議な子よね」

「そうかな…?」


私は号外を持った同級生にそう言われて、苦笑いしながら彼女の眼を見た。

彼女は手に持った号外をヒラヒラと振ると、私に手渡してくる。


"『月面昭和基地、年内の稼働決定』"


そんな見出しとともに、月に研究施設ができることを報じた記事だ。

今は1975年7月。アポロが月に降り立って6年余り。この国の宇宙船が月に行って3年で出来た施設。

あまりに歪で、あまりに出来すぎていて…それでいて整合性の取れない出来事だ。そう感じるのはきっと私だけなのだろう。


私の常識では考えられない速さだった。

きっと、基地が出来るのは平成になってからだと思ってたが……


「いつか由美行ってたじゃない。きっと月に建物が立つ日がくるのよねって」

「それは…何度も何度も…いや、毎日テレビを見ていればね。大体こうなるんだろうなってわかるのよ…何時か私も月に行くことになるのさ」


私は制服のポケットに入れた懐中時計を取り出して言った。

"OUTSIDE EARTH"と文字盤に書かれているのを見て、制服のポケットに戻す。


「何時になった?」

「…4時半過ぎ…どう?帰りにコーヒー一杯」


私は手に持った号外を小さく折りたたんで、大通りのゴミ箱に捨てた。

横を歩く同級生から顔を背けて、周囲の街並みを見て回る。

"私が知っている"1975年とは幾分か違う札幌の大通がそこにあった。


青色のLEDが既に実用化されていて…ネオンで彩られていた街はすっかりLED照明に代わってしまっていた。

車を見ても、デザインは70年代の…どこかアメリカの車を小型化したようなデザインのままなのに、節々には21世紀にならないと登場しない部分が混じっている。

街ゆく人々の何人かは、記憶よりも随分と小さいウォークマンと、無線でつながったヘッドフォンをつけて歩いている。


どこから見ても、ここは1975年の…昭和50年の札幌なのに…どこか21世紀が混ざりこんだ世界。

何周も時を漂って、横を歩く親しい同級生が毎回別人に変化しても変わらなかった札幌が…ひいては世界がガラッと変わった。

毎回毎回、徐々に徐々に…それこそ、私が気付かないところで変わっていたはずの世界が、一気に変わった。


「そういえばさ」


横を歩く同級生が、周囲を見回していた私に言う。

この日に来て、変わった世界に来て初日の私は、少し内心ビクつかせて彼女を見据えた。


「今日の由美は、なんだかいつもの由美じゃないよね…心ここにあらずって感じ。何かあった?恋でも見つけたかな?」

「まさか……ただちょっと驚いてるだけよ」

「自分の予想が面白いくらい当たることに?それとも…………ようやく世界が動いてくれたってことに?」

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