歯車を持つ少女

朝倉春彦

-1- 軌道エレベーター

「サヨナラ…その時までお元気で」


私はそう言って通話を切った。

平成も終わってしまったこのご時世には珍しい、折り畳み式の携帯を閉じて制服のポケットに入れる。

ふーっとため息をつき、肩を竦めてから眼下に広がる景色を見渡した。


札幌の中心部。季節は真冬…クリスマス。記録的な豪雪に見舞われた街は、大粒の雪が降っている。

今日はもう、電車も動かない。交通機関もマヒしてしまい、道行く人々は疎らだ。


"お客様に お知らせ 致します 23時53分発 月面昭和基地行き 軌道エレベーターカプセル 『桜空3号』は 凍結による 軌道線路上点検のため 出発を15分 遅らせての 運行となります …… ご乗車のお客様は 今しばらくお待ちください……"


無機質な機械声のアナウンスが、私のいる駅のロビーに鳴り響く。

下の階層にある札幌駅…列車は大雪で使い物にならないが、私が今から乗り込む軌道エレベーターは降雪など関係ない。


今、この街で唯一動く公共交通機関は…ついこの前の春に、就航したばかりの起動エレベーターだ。


航路は日本(札幌)-月面昭和基地間と、日本(札幌)火星平成探査基地間の2つ。

今春に先進国の中でも先陣を切って就航したのだ。

来年、アメリカと中国が軌道エレベーターを稼働させるまでは、世界で唯一。この札幌でしか一般人は地球を出られない。

オマケに、安全性…というよりも治安の面から、軌道エレベーターに乗れるのは日本人だけだ。

だから、今は日本人しか気軽に地球外へ出られないことになる。


軌道エレベーターで地球を出て、行くのは火星と月のどちらか一方。

中でも火星は一般向けの観光施設がそろい始めてきたから、連日多くの人々がここから火星へと向かっていく。


月は…ハッキリ言って一般人が行く場所じゃない。行くのは大学の先生か、どこかの企業の研究員とか、そこら辺の人種だ。


間違えても私のように市内の高校のセーラー服を着た少女が行くところじゃない。

高校2年生…そんな人間が月に行ったところで、月面昭和基地の、薄暗い鉄の色をした駅舎に来て終わりだろう。


そこから先の場所は、名のある大学の施設だったり、企業の資源採掘場になっている。

…だから、一般人は入ろうにも入れないのだ。


なのに、どうして私は月へ行くのだろう?

そう自問したところで、出てくる答えは一つしかなかった。


「…失礼ですが、お嬢さんはどうして月へ?どなたか知り合いでも?」

「いえ…月には誰も知り合いなんていませんよ。ただ…」

「ただ…?」


不意に話しかけられた私は、急な話し相手となった老人にポケットの中のものを取り出して見せた。

手のひらサイズで、金色に縁どられた懐中時計…その文字盤に刻まれた”OUTSIDE EARTH”の文字。


「この時計が示す場所なだけです。この時計の示す場所に行けば、私はきっと"次の場所"に行けるんですよ」

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