偽恋人になったら自分を好きにしていいと言われたから毒舌お嬢様をオタクに染め上げる。

文字捨て場の海鼠

一章

第1話 プロローグは短めに

 長い前置き、及びプロローグとばかりに過去背景やらを長ったらしく描く作品はあまり趣味じゃないため、ここは簡潔に話そうと思う。


 高校二年の春。場所は自分の教室。俺——基、栄彩也は放課後に呼び出された。

 呼び出した張本人はクラス学年は愚か、学校一と名高い、西園久遠という女子だ。


 容姿端麗、頭脳明晰、コミュニケーション能力良しと、まあ完璧超人にありがちな特徴を取り敢えず詰め込んで。おまけに家は金持ちと、もはや憧れるどころか恨まれても仕方ないんじゃねってレベルで人生勝ち組な人だ。


 クラスでは堂々と逆を行く俺とは微塵も関わりのない彼女の第一声は、これである。


「栄くん、よかったら私と、付き合ってくれないかしら?」


 完璧超人とは気候まで意のままなのか、此れ見よがしに窓から流れ込んでくるそよ風に長い黒髪が靡く。お嬢様らしく手はスカートの前で揃え、俺だったら絶対できないくらい真っ直ぐと凛とした吊り目を合わせてくる。


 オーケー、落ち着け彩也、彼女いない歴=年齢の童貞十六歳。

 こんなとこで声を上擦らせて驚くような俺じゃない。こんな現実味のないシチュエーション、まず裏があって当然なのだ。どれだけアニメで見てきたと思う。


「ええと……なんで、俺なんかに?」


 まずは疑問を抱く。けど、決して疑念になってはいけない。

 疑ってかかるのではなく、純粋に気になっているのだと相手に思われるように。


「正確には付き合うふり——隠れ蓑になってほしいのよ」


 おーっと、すっごいド直球に言ってきたよこの人。

 一ミリも、「え、これマジのやつでワンチャンあんじゃね?」みたいな、結局叶わないでそんなこと思ってしまった自分に羞恥心を抱く隙を与えなかったよ。あれ、それ逆にいい人では?


 ……ま、まあいい。どうせ見えてた未来だ。むしろつまらない茶番を省けていい。


「隠れ蓑だとして、なぜ俺なんだ?」


 もっとマシなヤツがそこら中にいるだろ。よりによってこんな冴えないメガネを選んだんだか。

 むしろ隠れ蓑にすることを伝えずに、それなりのイケメンでも利用すりゃいいのに。


「一番チョロそうだったからよ」


 なるほど、これが建前ってやつか。

 たしかに社交辞令としては大事だが、俺は本音で語り合う派だ。


「で、本当のところは?」


「一番チョロそうだったからよ」


「建前ってのを知らないのかお前は!」


 くそぅ……嫌なやつとか苦手なやつって思われるのはいい。けどな、軽いやつって思われるのだけはマジで嫌なんだよ。


「たしかに貴方よりカモフラージュに適した人はいくらでもいるわ。でも、相手に私の恋人気分でいられるのも嫌なの。だから本当のことを知った上で、断れなさそうな人物がよかったのよ」


 それに、と西園は続けた。まだあるのかよ。もう聴きたくないんですけど。


「貴方のような少し意外性のある人物の方が逆に信憑性があるでしょう。それに、貴方と付き合うことで周りも私に落胆してくれるでしょうから」


 それ、俺のせいで西園のグレードが下がるって意味か? お? 怒るけど言ってみな?


 しかしこいつ、こんな毒舌だったのかよ。

 噂で散々祭り上げられてたから同じクラスになってどんなやつかと思ってたけど、クラスじゃお淑やかというか、お嬢様って割にそう目立たない大人しいキャラだったのに。

 やっぱ化けの皮被ってたよ、女って怖ぇ。


「俺が、嫌だって言ったら?」


 西園が嫌なやつだってのはよくわかった。なら、こっちも素で対応させてもらうさ。


 嫌味っぽく言ってやると、西園は見下すような笑顔から、目を見開いて驚いて見せた。本当に俺を軽いやつだって確信してたみたいだな。


「……まぁ、別にいいわ。断られたからと言って私が不利益を被るわけではないし。どうせ栄くん、このこと言いふらす友達いないでしょ」


 うっぜぇ。こいつマジでうっっっっぜぇ。


「ほぉ? ぼっち認定ありがとう。むしろ褒め言葉だ」


 孤高というものは誰しもが一度は憧れるものだ。俺も昔はそうだった。


「じゃあもう一つ。受け入れたとして、俺になんのメリットがある?」


 さらに嫌味っぽく言うと、何を言ってるのこいつは? とばかりに西園はぽかんと口を開けた。


「なんだよ、なんか変なこと言ったか?」


「いえ、嘘でも私の彼女になれるだけで満足するかと思っていたから、つい」


 つい、じゃねぇよ。てかそこで恥じても可愛く見えないっての。


 事実だけど、こいつ自分の容姿にかけらも疑いもってないのな。羨ましいし疎ましい。


「自分が優れた容姿を持っているくせに、自分のことを可愛くないとほざいている女子ほど身の丈を知らない人はいないでしょう?」


 それ、俺が嫌いなタイプ。というかなんで地の文読んでんだよ。エスパーかよ。


「声に出てたわよ」


「さいで」


 まあいい。

 さて、ここで断ってさよならするのは簡単なことだ。けど、軽いやつと思われて、ぼっちと笑われて、挙句偽物の恋で満足するようなやつと軽視されて。

 逃げるように断るのは、ちっぽけな俺のプライドでも流石に許せない。


 もう少し交渉して、一泡吹かせてやる。


「もう一度聞くぞ。俺のメリットは何だ?」


 次同じ答え言ったら、明日性悪女だって言いふらしてやる。


「貴方如きが言ったところで、逆に敵を増やすだけでしょうけど」


「また声に……で、どうなんだよ?」


 素なのか態となのか、指を唇に当てて可愛く考え込むこと数秒。


「じゃあ、隠れ蓑になってくれる間、私を好きにしていいわ。それでどう?」


「………………………………はっ?」


 ………………………………はっ?


 ……おっと、いけないいけない。聞き間違えた上に二度も驚いてしまった。


「悪い。うまく聞き取れなかった?」


「この距離で聞こえないって難聴なの? だから、私を好きにしていいわよ」


 本当に難聴なのだろうか? いや、生まれてこの方耳は良い方で、なんなら中学の頃、良すぎたせいで聞こえてしまった陰口に一人腕の中で泣いたまである。


「……正気か?」


「ええ。でもまあ、どうせ貴方にそんな度胸ないでしょうけど」


 なるほどそういうことかよ。いい性格してるな、こいつ。

 けど、ここまで言われちゃ引くに引けないってもんだ。


「……分かった、なってやるよ。あとで泣いて許しを乞っても遅いからな?」


「私に二言はないわ。それじゃあ、交渉成立ということで」


 明日からよろしく。西園はさっさと鞄を手に取って教室を出て行った。



「はぁ……めっちゃ疲れた」


 いきなり爆弾発言をかまされて、挙句変な契約を交わしてしまった。

 けど交わしたからには約束は守るし、守ってもらう。


 さて、まずは何から始めるべきか。帰って一人作戦会議だな。

 俺が得た対価を何に使うか、当然一つに決まっている。

 ああいう気の強いキャラに限って、裏は弱く脆いものだ。

 その隙間さえつけ込んで仕舞えばこっちのもの。




 さあ、存分に染まってもらおうじゃないか!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る