第76話 庶民の感覚

「……ここが俺の家なんだが……」


 舞花に自分の家を紹介する。


(姫路家がすごすぎたからな……。俺の家小せぇ……)


 小さい家が悪いとは言わないが、見劣りしてしまうのは事実だ。

 そして当の舞花はと言うと、


「すごいです! すごいですよ! 高坂さん! 普通の! 普通の家じゃないですか!」


 かなり舞い上がっていた。


「それ褒められてんの!?」

「え? もちろんじゃないですか!」

「そ、そうなのか」


 まあ、舞花が楽しいなら、何よりだ。


「じゃあ、とりあえず外にいるのもあれだし」


 是清は舞花に家に入るよう促す。


「そうですね」


 是清が先に家に入り、舞花が後に続く。


「ただいまー」

「お邪魔します」


 どこか緊張した様子の舞花。


「舞花、そこまで緊張しなくていいぞ」

「へ……? あ、は、はい」

「んじゃあ、話つけないことにはどうしようもないからな。とりあえずリビングに行くか」


 それから是清はリビングに向かって歩き出した。舞花がその背中を追う。

 ガチャとリビングの扉を開けて、中に入る。

 すると、母親である美香が座って待っていた。


「ただいま、母さん」

「おかえり、是清ちゃん」


 いつもと変わらない様子の美香。

 舞花が是清に続いて、リビングに足を踏み入れた。


「お、お邪魔します」

「うん、いらっしゃい。……おかえり、って言った方がいいかな」

「えーと……」

「まあ、それは後でいいかな。とりあえず座りなよ」

「は、はい」


 舞花はおとなしく美香の指示に従った。


「あなた、名前は?」


(母さん……?)


 いつもの美香からは感じられない真剣さがあった。


「ひ、姫路舞花……です」


 是清と同じものを美香から感じ取ったのか、舞花は言葉を詰まらせた。


「舞花ちゃん、ね。音羽坂の生徒だよね?」


 美香は舞花に続けて質問をする。


「そ、そうです。4月に転校してきて」

「へぇ……。なら、是清ちゃんと知り合ったのはかなり最近なわけだ」


 舞花と会って、経過した期間は1ヶ月と少し。


「はい」

「そっかそっか。……どう? 是清ちゃんは?」


 質問の路線が変わる。


(何で俺のこと……?)


 舞花は少し考えてから、口を開いた。


「その……ちょっと周りとズレている、って言いますか……」

「おい」


 つい口を挟んでしまう是清。舞花は続ける。


「でも、良い人です。本当はとても優しくて……人のために動くことができて……」

「そっか」


 美香はうなずくと、「よし!」と言いながら、バッと立ち上がった。


「じゃあ、舞花ちゃん」

「は、はい」

「今日の夕飯、食べたいものはある?」


 急に話題が変わる。


(え……? 夕飯……?)


「えーと……夕飯、ですか?」

「そ、夕飯」

「あれ? 質問は続けないのですか?」

「ん、何で?」

「いや、どうしてこうなったのか、とか。色々、聞きたいことがあるんじゃないかと思いまして」

「そうだね。聞きたいことはいっぱいあるよ。でもさ、今じゃなくても良くない?」

「……?」

「是清ちゃんが家で引き取りたいなんて言うくらいだもん。きっと、かなり大変な人生だったんでしょ?」


 大変なんて言葉では、足りないくらいだ。


「ま、まあ……そうですね」

「それなのに、1度に話させるのは辛いかな? って。舞花ちゃんのことはゆっくり話してくれたらいいから。

 私が聞きたかったのは舞花ちゃんが良い人か悪い人か、ってことだけ。まあ、是清ちゃんが連れてきた女の子に限って悪い子なわけないけど、予想以上に良い子そうでビックリしたよ」


 舞花が視線を是清に向ける。


「母さんはこういう人だ。軽い人だけど、物事をしっかり考えている」

「是清ちゃん! 母親を軽い人とか言わない!」

「……確かに」


 そんな会話をしている、舞花がクスクスと笑い出した。


「どうした?」

「え、あ、いや……なんか緊張してたのが変に思えてきて……」

「ああ、そうだな」


 是清が頷くと同時、美香が「さて!」と仕切り直した。


「舞花ちゃん、改めてよろしくね!」

「よ、よろしくお願いします」


 舞花が頭を下げる。それから舞花が頭を上げると、改めて美香は口を開いた。


「じゃあ、夕飯、何が食べたい?」

「……何が……あっ、じゃあ、その……」

「その?」

「焼き鳥、なんてどうでしょう?」

「最初の夕飯なのに焼き鳥!?」

「駄目、でしょうか?」

「あはは。いや、ぜんぜん。じゃあ、ちょっとスーパー行ってこないと。2人は適当に待ってて」


 それから美香は家を飛び出した。


「元気なお母様ですね」

「元気すぎるよ、ありゃ」

「ふふっ」

「どうした?」

「いや、ほんとに楽しそうな家ですね」

「…………かもな」


 その夜、食卓には美香の手作りの焼き鳥が並んだ。スーパーで焼き鳥を直接買いはしなかったみたいだ。なんでも、本人曰く、「初めての夕飯なんだから手作りでしょ!」ということらしい。

 ちなみに、庶民代表を名乗れるその焼き鳥は家族全員からも舞花からも大絶賛だった。

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