第74話 決着

 数瞬の刃の交錯を経て、柚莉愛が宝仙の刀を受け流す。


「む……」


 宝仙が体勢を僅かに崩す。


「高坂、ちょっと離れていて……」


 その隙に柚莉愛は是清にそう指示を飛ばした。おとなしく是清は逃げ、そのまま舞花の隣まで向かう。

 宝仙がそんな是清に向き直ったが、柚莉愛は素早く2人の間に立ち塞がった。


「柚莉愛……! こんなことをしてただで済むと思っているのか……!?」


 宝仙は激怒した。


「思っていませんよ。でも、さすがに人1人死にそうになっているのを見過ごすわけにはいきませんから。掃除も大変ですし」


 少し冗談を混ぜる柚莉愛。だが当然、こんなことで空気は変わらない。


「舞花といい、お前といい……。全てはあの男のせいか!?」

「…………」

「そこをどけ、柚莉愛! さもなくば、お前も斬るぞ!」

「少しは使用人をいたわりましょうよ……」


 宝仙が標敵を柚莉愛に変える。


「はあッ……!!」


 柚莉愛の右肩を捉えた逆袈裟の1太刀。

 柚莉愛がそれをひょいと躱す。


(神崎……なんであんな余裕なんだよ……!?)


 いや、柚莉愛の身体能力がとんでもないことは知っている。でも、命のかかった場面で、こんなに動けるのは、もう驚くしかない。


「高坂! アンタの言っていたことはもうすぐだから! だから、今のうちに言いたいことは言って!」

「高坂さんの言っていたこと……?」


 舞花が首を傾げたが、それに構っている暇はない。というか、柚莉愛が言ったようにが何なのかは、もうすぐ分かる。


(そうだな)


 だから、おとなしく柚莉愛の指示に従うことにする。


「おい宝仙!!」


 キン、キン、とさっきから刃がぶつかり合っているので、宝仙はこちらに構う余裕がない。


「よーく聞けよ!! 舞花はな!! 桐生との結婚なんざ、これっぽっちも望んでねぇんだよ!!

 お前の勝手な都合で、舞花の人生を決める!? 馬鹿言え!! 舞花の人生は舞花のもんだ!! 親のお前が決めていいことじゃねぇ!!」


 キン、と再び刃が交錯し、柚莉愛と宝仙の動きが止まる。


「黙れ……! 黙れ! 黙れ! 黙れ! 黙れ! 若僧! お前に何が分かる!? 舞花の人生だと!? 会って間もないお前がそんなことを語るな!」


 大広間に声が響く。目の前で大声を出された柚莉愛が顔をしかめる。


「少なくともお前よりも舞花のことは分かってるつもりだよ!! だからな!! 俺が言いたいことはな!!」


 スウと大きく息を吸う。


「──桐生篝との結婚はやめにしちまえ!!!! ってことだよ!!」


 宝仙が眉をピクリと動かす。


「馬鹿言え、若僧が! それはもう決まったことなんだ! お前がどうこうできることだと思ったらな──」

「それはどうでしょうか?」


 宝仙の言葉が遮られる。

 誰の言葉によってか。

 是清ではない。柚莉愛でもない。もちろん舞花でもない。


「遅いんだよ、桐生」


 それは桐生篝のものだった。


「篝君……? どうして君がここに……?」


 宝仙がポツリともらす。

 その隙に柚莉愛が刃を横に逸らした。

 宝仙の持つ日本刀が床をえぐる。

 柚莉愛が後ろに大きく後退した。


「いきなりですが、お話があってここには来ました」

「話?」

「はい。単刀直入に言います」


(そうだ。言ってやれ)


 是清には、これから何が言われるのか、それが分かっていた。

 一拍置いて、篝が告げる。


「──僕と舞花との結婚の話は取り下げることにしました」

「は……? 今、何と……」


 宝仙の顔が徐々に青ざめていく。


「篝君!! 君は……君は今言ったことがどういうことなのか、分かっているのか!?」

「もちろんです」

「か、考えなおすんだ!! 君も舞花が好きだって……!! 舞花との結婚だぞ!?」

「はい。僕は舞花が好きです」

「なら──」

「だからこそ、です。僕じゃあ……悔しいですが、舞花を幸せにできない」

「そんなことは──」

「あるんです、残念ですが。そこの彼……高坂くんに会って思い知りました」


 宝仙が是清に視線を向ける。

 その目には、明らかな焦りだとか、動揺だとかが感じられた。

 宝仙がチッと舌を鳴らす。


「お前が……お前が全ての元凶かぁぁぁッ!!!!」


 宝仙が是清の方に走り出した。

 是清は咄嗟とっさに横にいた舞花を庇う形で彼女の前に出る。

 何も知らない10人がこの状況を見たら全員が「無謀だ」と答えるだろう。

 だが、是清はそうは思わない。

 宝仙が日本刀を是清に向かって振り下ろす。


(…………)


 そして──キン、と音を立てて、宝仙の刃が止められた。


「高坂、アンタ……自分の命がかかってるんだよ? いくら、あたしが簡単に助けられる距離とは言え、もう少し慎重になりなよ」

「いや、お、俺は……か、かんじゃきを信じていたから」

「声が震えているけど?」

「知るか!」


 宝仙の1太刀を柚莉愛が止める。もう何度目かは分からない。

 宝仙が目をカッと見開く。


「柚莉愛……! お前もか、どこまでも……!」


 柚莉愛は何も言わなかった。代わりに是清が口を開く。


「なぁ宝仙? 今のではっきりしたことが1つある!」


 柚莉愛が目の前にいると、安心感が違う。言葉がスラスラと出て来る。


「何だと?」

「それはな、お前が舞花を大事に思ってないことだ!」

「は……? 馬鹿を言うな!」

「だってお前は今……舞花がいるのに、迷わず刀を振り下ろしただろ! 娘の前で人殺しなんて、普通は考えねぇよ! それに下手したら舞花にだって当たってた!」

「──っ……!!」


 宝仙が息を詰まらせる。

 そして柚莉愛が口を挟んだ。


「宝仙様……もう終わりですよ」


 柚莉愛が力を込める。

 すると、宝仙が後ろにのけぞった。柚莉愛の初めての反撃だ。


「舞花様を見てください。怯えています。もう宝仙様の思う通りにはならないんです」


 舞花の方を見ると、本当に怯えた顔をしていた。

 そして舞花の手は是清の服に伸びていた。


「高坂さん! あなたは……あなたはもう少し自分を大切にしてください!」


 舞花が是清に叫ぶのは珍しい。怒っているのだろうか。


「ああ、悪かった」


 ここは素直に謝る是清。


「どうですか? 宝仙様。これを見ても今までと同じことが言えますか?」


 その一言が決めてだった。

 宝仙の手から日本刀が落ちる。


「……なんでだ、舞花よ……篝君の方が、そんな若僧より……」


 宝仙が膝から崩れる。


「高坂! 後の処理は全部あたしがしておく! 舞花様を連れて早く行って!」


 宝仙は戦意喪失。逃げるなら今だろう。


「舞花、行こう」

「は、はい」


 是清は舞花の手を取った。

 それから、大広間を出る。

 その途中で篝に「助かった」とだけ、言った。

 もう振り返りはしなかった。

 柚莉愛を信じているから。

 後は全て、彼女がうまくやってくれる。


(だったら俺は……!)


 舞花のことだけを考えていればいい。

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