第73話 紙一重

 最初に飛んできたのは、綺麗な唐竹からたけの1撃だった。

 それだけで容易に分かった。

 宝仙は是清を斬ることに迷っていない。

 なればさっきの「国家権力が」とかいう宝仙の言葉も嘘には思えない。


(いや死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!! マジで殺す気だよ!! このおっさん!!)


 初撃は後ろに無様に後退することで、何とか避けた。が、危機が去ったわけじゃない。


「避けたか……。小僧。斬られるなら早い方がいいぞ?」

「そんなの、ごめんに決まってるだろッ!」

「なら死ね!」

「理不尽ッ!?」


 宝仙は止まらない。


(ど、どうする!? 助かるには……!)


 全力で頭を回す。学生時代は内的思考をし続けて過ごしているため、頭の回転は速い方だ。


(正面から立ち向かっても俺じゃあ勝てねぇ! だったら避け続けねぇと! なら……!)


 なら、避け続けれるようにしなくてはならない。


「おい宝仙!!」


 礼儀など知ったことではない。今は死の瀬戸際にいるのだ。


「お前、馬鹿だろ! この際だから言ってやるけどな! 舞花は桐生との結婚なんざ望んでいねぇんだよ!」


 宝仙が眉をピクリと動かした。


「……小僧。さっきも言ったはずだ。口を挟むな、と」

「それはあれか!? お前が舞花に婚約を押しつけて、桐生家とのつながりを断ちたくなかったからか!? あ!?」


 なるべくチンピラ感を出してみる。


「黙れッ!!」


 宝仙の声が大広間に響く。

 計画通りだ。

 宝仙の2撃目が飛んできた。2撃目は袈裟斬りだった。が、さっきよりも雑な太刀筋だった。

 それをさっきとまったく変わらない方法で避ける。


(さっきよりも避けやすいぞ、これは……!)


 是清の持論だが、人間は良い人には怒りにくい。同時に非常に悪い……それこそ極道なんかを怒ることもまた難しい。

 けど、チンピラくらいの人間になら、はっきりとものを言えたりする。

 つまり、簡単に怒ってくれる。

 怒れば、冷静さを欠き、結果、宝仙の太刀筋がブレる。


「ちょこまかと動きおって……! このクソガキが!」


 してやったり、と言ったところか。『小僧』から『クソガキ』にランクアップだ。

 宝仙がこちらに速い足取りで寄ってきて、水平の1撃を繰り出す。

 それを是清は必要以上に身体を伏せて避ける。

 チキンな是清は追撃を恐れて、すぐさま後退した。


「見たことか! 宝仙! まだ俺を斬れていないぞ! お前のせいで舞花は知らないだろうけどなぁ! 世の中には格ゲーってもんがあるんだよ! そしてお前の攻撃はゲームにすら劣ってるぜ!?」


 挑発、挑発、挑発。とにかく今は宝仙の冷静さを奪う。


「よほど死にたいようだなぁ!! クソガキがッ!!」


(いや、死にたくはないけどね!?)


 ともあれ。問題はここからだ。

 この後はどうしたものか。

 今までは奇跡的に避けれているが、体力のない是清はすでに疲労を感じている。


(でも、もうすぐのはずだ)


 さらに宝仙の1撃が飛んできた。

 今度はそれを紙一重でかわす。

 そのまま、いつものように後退しようとして……。

 ガン、と音がした。

 退

 壁際だ。

 まずい。結構まずい。いや、かなりまずい。

 宝仙が僅かに口端を上げた。


「高坂さんッ!!!!」


 舞花が叫ぶのが聞こえた。

 でも、それがどうした。

 宝仙は本気だ。そんな叫び1つで、是清が助かるなら、そもそもこんな状況にはなっていない。


「くそ……!」


 もう宝仙は腕を振り上げている。横に逃げても無駄だろう。仮に1撃目を躱せても、追撃で斬られる。


「手間かけさせてくれたな! 若僧が!」


『若僧』という言葉で、宝仙が勝ちを確信しているのが分かった。


(けどな……!)


 宝仙が腕を振り下ろす。唐竹の1撃だ。


「俺もここで死ぬ気はねぇんだよ!」


 大きく横に逸れて、唐竹割りを紙一重で避ける。


「──俺がここで死んだら、舞花との約束すら果たせねぇだろうが!!」


 約束は死んでも守る、なんて言葉があるが、死んだら守れない。当たり前のことだ。

 宝仙が追撃をするべく是清に歩み寄った。

 大きく横に逸れたせいでバランスを崩している。

 次の1撃は躱せない。


(これじゃあ5秒くらいしか生き延びてねぇじゃねぇか!)


 死ぬ未来は変わらない。それが少し延長されただけだ。

 やはり、たかが5秒。


「終わりだッ!」


 ──だが。

 ガキィン、と。まるで金属がぶつかるかのような音がした。


「アンタ……少しは根性あるじゃん」


 あくまで冷静にその人物は言い放つ。

 後ろで1つに束ねられた髪。そして何より、どことなく感じるクールな雰囲気。間違いない。


「遅しょいよ……か、神崎……!」


 姫路舞花の近侍。神崎柚莉愛だ。

 彼女の手には小刀のようなものが握られている。

 彼女が宝仙の1撃を受け止めた。


「ん? ああ、すいません。最速で来たつもりなんですが……」


 どうやら、さっきの言葉は撤回する必要がありそうだ。

 たかが5秒? そんなことはない。この5秒がなければ、自分は死んでいた。


「柚莉愛!? どうしてあなたがここに!?」


 舞花は当然ながら、驚きを隠せていなかった。

 まあ、無理もない。

 ともあれ。これで状況は一気に良くなった。

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