第69話 ヒーロー

「じゃあ……ま、舞花。……頼めるか?」

「も、もちろんです……っ!」


 舞花は力みながら、そう答える。場には緊張の空気が漂っていた。

 たった今、是清が頼んだことは「姫路宝仙を呼んできてくれるか?」ということだ。それは今更言うまでもない。

 当然のことだが、宝仙に直接会わなければ、話は進まない。

 遅かれ早かれ、舞花には宝仙を呼び出してもらうことは決めていた。


「じゃあ……行ってきますね……」

「ああ……」


 舞花は是清に背を向けると、姫路家の方に足を踏み出した。


「舞花!」


 そして突然。背中にかけられた是清の声に反応して、舞花は再び、是清と向き合った。

 是清は続け、


「頑張れ!」


 と、激励だけした。

 ただ言っておきたかった一言だ。


「はいっ!」


 舞花は嬉しそうに返す。

 そのまま今度こそ、きびすを返して、姫路家に向かった。


 ◇


 玄関をくぐると、迷わない足取りで、廊下を進んでいく。

 今日のこの時間帯ならあの人はいるはずだ。舞花はそう確信していた。

 1歩1歩、父親のいるだろう書斎に近づくと、心臓の鼓動が早くなる。


「はっ……」


 息を整える舞花。なんとかして、緊張を殺す。

 それからすぐに目的地を目の前に捉えた。

 いつも父の通う書斎。今日に限ってはその扉が一段と大きく思えた。

 コンコンコン、と軽快な音を鳴らして3回扉を叩く。

 すぐに返事はなかった。


「…………」


 だが。


「入れ」


 やがて、部屋の中から声がした。宝仙の声だ。

 舞花はそっと扉に手をかける。そのままゆっくり扉を開いた。


「失礼します」

「お前か……」


 ただそれだけを宝仙は言った。

 おかしなことではない。むしろこれが普通だ。元々、何かに対する感想などは、あまり言わない人だから。


「何の用だ?」

「はい。……お父様に会って欲しい方がいます」

「会って欲しい、だと?」


 声の圧に一瞬、ひるみそうになるが、何とか、言葉を絞り出す。


「はい、将来に関わることですので」


 含みのある言い方だった。


「……篝君か。……分かった」


 宝仙はすぐに了承の意を示した。

 案の定、彼は勘違いを起こしてくれた。

 そもそも「是清に会って欲しい」などと彼に言っても意味はなかった。

 どうせすぐにバレることだろうが、1度2人を会わせることができればそれでいい。

 それに舞花は一応、嘘は言っていない。

 次に宝仙は、舞花に1つの確認を取った。


「じゃあ、大広間で話すが、彼は今どこに?」

「……外に待たせています」


 なんてことない普通の答え。今の是清の状況だ。

 しかし。宝仙は顔色をみるみる変えた。


「何をやっているんだ!! この鹿が!! 今すぐ彼を大広間に通しなさい!! お茶と菓子は使用人に出させるから、お前はとっとと行け!!」


 舞花は肩を震わせた。

 言われるがまま、舞花はすぐに踵を返すと、書斎を出た。

 何もあんなに叫ぶことはなかっただろうに……。舞花は思う。

 こういうところは前々から改善して欲しいとは思っていた。まあ、もちろん口には出さないが。

 ともあれ。これで準備は整った。

 後は全てをゆだねるとしよう。

 あのちょっとひねくれたヒーローに。


 ◇

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