第70話 金持ちの家

 ◇


 舞花と別れてしばらく経った。

 はたしてこれからどうなるのだろうか。

 まさか舞花が逃げたはずがない。つまり、もうじき舞花の父さんと対面を果たすことになる。

 大丈夫だ。心の準備は整っている。

 そして。


(来たか……)


 ついに舞花が玄関から出て来るのが見えた。


「舞花……」

「高坂さん……どうぞ。大広間へ」

「分かった」


 是清は歩き出す。無雑作に玄関へと。

 その背中を追いかけるように、舞花も急ぎ足で歩いた。

 是清が石畳を踏みしめ、ついに玄関に着く頃には、是清と舞花の位置関係は逆転していた。

 舞花がガラガラと玄関を開け、中に入る。

 その背中を追って、是清は姫路家の中に入った。


「お、お邪魔します」


 何気に初めて女子の家に入った気がする。……まあ、家というには少々大き過ぎる気がしなくもないが。


「こっちです。ついて来て下さい」


 靴を脱いだタイミングで、そう声をかけられる。


「お、おう」


 それから舞花が慣れた足取りで廊下を進む。

 是清はゆっくりと舞花の後ろをついて行った。


「入ってみて分かったけど、やっぱりかなりでかい家だよな」


 その道すがら、黙っていても気まずかったので、そう話題を振った。


「そうですね。……けど、私はもっと小さい家でもよかったんです。普通の家が……」

「贅沢な願いだな」

「確かにそうかもしれませんね。すいません」

「いや、謝ることはない。それにこれが終われば、舞花は俺の家に来るしな。嬉しいことなのか分からないが、ここよりずっと小さい家だぞ?」

「それは……。楽しみにしておきますね」


 とりあえず舞花はそう答えた。

 それから少しして、


「ここです。大広間」


 目的地についた。

 舞花が襖をスライドさせようとした。

 だが、その必要はなかった。先に襖が動いたからだ。

 どうやら、内側から誰かが開けたらしい。


「ああ! 舞花様! 邪魔だてして申し訳ありません! どうぞ中に! お連れ様も!」


 それなりに年を取った女性だ。使用人だろうか。ちょうどよく鉢合わせしてしまった。

 それにしてもひどく慌てた様子だ。


「大丈夫ですよ。あまり気にしてませんから」


 舞花は女性にそう伝える。

 女性は「すいません」と執拗に言いながら、去って行った。舞花は気にしてないと伝えたはずなのにこの始末とは。かなりのお嬢様扱いだ。


「あんなにかしこまらなくてもいいじゃないですか……」


 案の定というか、舞花はそう漏らした。確かに是清も同意見だ。

 是清は目線を上げて、大広間全体を見回した。

 かなり大きな空間だ。

 真ん中には大きなテーブル。そしてその上には、たった今淹れたのだろう、湯気を出すお茶と、高そうな茶菓子が準備してあった。


(金持ちの家ってのはなんかすごいな)


 そこは素直に感心できた。

 金持ちになるのだって、基本的には容易なことではない。なので、金持ちが贅沢をしようと、別に変なことだと、少なくとも是清は思っていない。


(それはいいんだが、それでも、なんか怖くなってくるな……)


 けれど同時にそんな感情も抱いた。

 不安が是清の心に渦巻いていた。

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