第67話 作戦

 舞花と大きな約束を取り付けた次の日の5月22日、水曜日。その昼休み。

 セーフエリアには是清と舞花がいた。


「一応聞いておくけど、昨日の父さんはどんな様子だった?」

「お父様ですか? いつもと変わりませんでしたよ」

「だよな」


 もちろん、まだ姫路宝仙は舞花と篝の許嫁関係が終わったことを知らないので、この返答は分かり切っていた。

 本当ならそのことは一生宝仙の耳に届いて欲しくはないが、それは不可能だ。

 是清は覚悟を改める。


「さてと、姫路。今日呼んだのには訳がある」


 元々今日の午前中に舞花を是清は呼び出していた。


「はい」


 舞花も心の準備はいいらしい。ならば、余計な言葉は言わないでもいいだろう。


「──今日、俺は姫路家に行こうと思う」


 真剣な眼差しを持って伝える。

 少し間を置いて、舞花が返した。


「…………薄々そんなことを言うのだと思ってましたが、ほんとにそうでしたか」

「知っていたのか?」

「いいえ。ただ高坂さんならもしかしたらそんなことを言うのかなって思っただけです」


 舞花が音羽坂高校に来てすでに1ヶ月以上経つが、それでも人の考えていることに予測がつく期間としては短い。

 だが舞花の今の発言。

 要するにそれだけ、是清と舞花が一緒にいた時間が色濃かったということだろう。


「そうか」

「お父様を説得しにいくのですよね?」


 話題を戻して尋ねる舞花。

 確かに彼女の言った通りだ。

 是清はうなずく。


「ああ」


 これは避けては通れない。

 説得と表現すると少し語弊ごへいがあるが、だいたい正解だ。宝仙に舞花が家を出ることを伝えて、上手く事を済ませる。つまりそういうことだ。

 もちろん簡単にいかないことは是清も理解している。

 当然だが、この段階を飛ばして、舞花を連れ出した時、どうなるかは想像に難くない。最悪、音羽坂高校に出待ちすることだって考えられる。

 けれど逆に、連れ出してしまえば、と捉えることも可能だ。

 自分の娘が連れ出されたとなれば、警察にでも何でも相談する。

 、だが。

 今から是清が相手にするのは、あの姫路家だ。

 そもそもの話として人手という意味なら警察は一切役に立たない。姫路家なら人手はいくらでも用意できるだろうからだ。

 また宝仙は娘を桐生家の子息に嫁がせようと考えている。ならば警察に頼って、情報が広がり、公に報道されたりするのは困るはずなのだ。

 今の宝仙は娘の婚約関係が破綻したことを知らない。なのでこう考える。


 これが原因で桐生家との関係が破綻したらどうしようか、と。


 とてもじゃないが、宝仙は外部の人間に頼れない。

 是清のすることは単純だ。

 不意をつく形で、伝えるべきことを宝仙に伝えて、それからチキンらしくとっとと逃げる。

 別に是清は頭がキレるわけではない。

 こんな泥臭いやり方しかできないが、仕方あるまい。

 そう。舞花のためにも、もう後戻りはできないのだから。

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