第62話 重大なこと

 考えてみればそれは当然のことだったのだ。至極当たり前なこと。

 だから今から話すことを舞花が考えていない可能性もゼロではなかったが、だとしてもはっきりさせておくに越したことはない。

 振り返ってみれば不思議なもので、舞花と出会ってからというもの、是清は自分でも意外なくらいよく行動を起こしている。

 そう。今更後には引けないのだ。


「俺は説明が上手いわけでもないから、結論から言うぞ。いいか?」


 舞花に確認をとる。

 彼女は静かに首肯した。

 それから彼女が生唾を飲み込むと、是清は告げた。


「──家を捨てる気はあるか?」

「え……?」


 舞花が唖然とする。

 まあ、この反応は予想の範疇はんちゅうだ。

 彼女が半ば呟く形で「それってどういう……?」と頭に疑問符を浮かべていたので、是清は順を追って説明を始める。


「桐生と嫌だった結婚の話がひと段落ついて見落としていたかもしれないけど、よく考えてもみてくれ。その話を一生姫路の父さん……宝仙ほうせんとかって言ったっけ? そいつに隠し通せるはずがないだろ」

「……あ。た、確かに」


 どうやら本当に見落としていたらしい。

 舞花から話を聞いた限りでは姫路宝仙は結構……いや、かなり面倒なタイプの人間だ。

 もし例の話が彼の耳に届こうものなら、少なくとも良い未来は見えない。


「だからさ、家を出て、そうすれば晴れて姫路は自由。どうだ?」

「…………出た後はどうするんですか?」


 素朴な疑問。これもまた考えてみれば当然出てくるものだった。

 だが、


(あ、やべ……)


 その質問は予想していなかった。

 なんとか頭を回転させる。


「……ふ、富士宮とか。それか、天野のところとか……?」


 その2人はよく舞花と一緒にいる。

 彼女は事情が事情だし、面倒を見てくれるのではなかろうか。


「いやなんで高坂さんが疑問形なんですか」

「わ、悪い」

「いいです。それはともかく、あの人たちのところですか……」

「嫌なのか?」

「嫌……と言いますか、そうではないんですけど……」

「けど、行きたくはない、と?」


 是清は言葉を継ぐ。


「ま、まあ。はい」


 そうなると困った。

 おそらく舞花は天野晴香あまのはるか富士宮琴音ふじみやことねに迷惑だと考えているのだ。それは容易に分かる。

 そもそも晴香や琴音が快く舞花の面倒を見てくれる保証があると断言はできない。

 今回に限っては軽率に決定を下せない。

 ならいっそ、


「き、桐生の家とかは?」


 こういう選択肢もあるのではなかろうか。


「無理です! 気まずいってレベルじゃないですよ、それは!」


 分かってた。この答えが返ってくることは。

 が、簡単には諦めない。


「神崎は?」


 次の選択肢は舞花の近侍の神崎柚莉愛かんざきゆりあ


「柚莉愛? 柚莉愛は多分難しいと思います。色々事情があるみたいなので」

「そうか……」


 一応頑張って考えてはいるのだが、世の中上手く出来ていない。


(困ったな……)


 頭を回す。何か良い解決策はないものだろうか。

 晴香、琴音、篝や柚莉愛も駄目。是清の友人の佐山圭成に頼むのは変な話だし、あのチャラ男やギャル女子などは論外だ。

 けれど答えは見つけねばなるまい。

 姫路家にずっといたら、姫路宝仙が次はどんな奇行に走るか分からない。


「悩みどころだな」

「…………私としては高坂さん家が1番いいんですけどね……」


 舞花がボソッと呟いた。

 おかしい。是清の耳が壊れたのか。今彼女は何と言ったのだろうか。


「は……? ひ、姫路?」


 思わず聞き返していた。


「ですから!」


 舞花の語気の強い前置きに是清は喉を鳴らす。

 彼女が続ける。


「──私は行くなら高坂さん家がいいです! それ以外は考えられませんッ!」

「え……? ひゃ、あ、え?」


 遅れて脳が言葉を理解する。


「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?!?」


 人気のない校舎に叫び声が響き渡った。

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