第61話 恥ずかしい時は赤面する

 時間とは無慈悲なもので、それはすぐにやって来た。


 キーンコーンカーンコーン。


 秒針が12を指すと、そうチャイムが鳴った。

 号令がかかる。


(ありがとうございました)


 是清に限ってまともに挨拶をするはずもなく、心の中でそう呟く。当然だが、その他大勢はしっかりと「ありがとうございました」と言っていた。

 授業が終わると、席に再度座ってノートを見返す者、帰り支度を整える者と様々いたが、幸いにも是清を訪ねることを第1に考えている生徒はいなかった。


(行くか……)


 是清は片手で無雑作に鞄を持ち上げて、机の隙間を掻い潜って、教室の後ろに急いだ。


「姫路! ちょっと急いで来てくれ!」


 舞花に届けるには少し声量が大きかった気もしたが、今更そんなことは気にしない。


「え……? 高坂さん?」


 まあ、予想通りの反応だ。

 けれど問題はない。

 多少強引な手を使う。


「悪い。説明している暇はない」


 最近よく見かけるセリフを是清自身が口にしながら、舞花の手を取った。


「──! あの……!」


 舞花が一瞬だけ驚き、抗議の声を上げたが、立ち止まってはいられなかった。

 そのまま舞花をリードする形で教室を素早く後にした。






「はぁはぁ。……ここまで来れば大丈夫か」


 後ろをついて来られても嫌だったので、少し長めの距離を移動して、是清は息が上がっていた。ちなみに舞花の方は是清ほど疲れた様子はない。

 今は屋上の一歩手前の階段の所にいる。

 最初は生徒玄関に向かって、予定ならそのまま学校を出るはずだったが、舞花がそれを拒んだ。理由は聞いていない。が、予想はつく。

 そういうわけで折衷案せっちゅうあんとは言わないが、今に至るというわけだ。


「い、いきなりどうしたんですか高坂さん?」

「ちょっと話があってな」


 確かに是清に我が身大事の精神があって、教室から逃げたことは本当だが、舞花と話をしたかったこともまた事実だ。


「話? それはいいですけど、まずは手を離してくれますか? その……このままだと恥ずかしい、ですから」


 是清は視線を落とす。

 まだ手を握ったままだった。

 それを認識すると同時に赤面する。


「あ、わ、悪い」


 そのまま慌てて手を離す。

 舞花は少し自分の手を見ていたが、やがて顔を上げた。


「……それで、話っていうのは何でしょう?」

「あ、ああ。昼間の続きとでも思ってくれ」

「昼間の……」


 吐き捨てるように舞花が言う。

 昼休みのことでも思い出しているのだろう。

 それから舞花が喉を震わせた。


「……あのっ!」


 これから話をしようとしていたところに舞花がそう声をかけてきたものだから、一瞬是清はきょとんとした。


「ん?」


 率直に返す。

 すると舞花は是清に深く頭を下げてきた。


「あ、あの……昼間は、ほんとにありがとうございました!」


 昼休みにも舞花が頭を下げるのを見てはいるが、その時とは全然違う。感謝の礼。

 されて悪い気分にはならない。


「どういたしまして。……でもな、姫路。喜ぶのはまだ早いと思うぞ」


 このタイミングで舞花にとっては謎の接続詞。

 彼女は首を傾げる。


「……?」

「話はまだ終わりじゃないと俺は思っている。昼間の続きのことだが、落ち着いて俺の考えを聞いてくれ」

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