第58話 悔しさは残る
舞花が自由になるにあたって、やらなければならないことはいくつかあり、篝本人に断りを入れるのはその1つだったわけだが、困ったことにそれだけでは済まない。
一見すでに自由を手に入れたように思われる舞花だが、実はまだだ。
そしてそれを成し遂げるためには、篝の協力が不可欠だった。
是清は意を決して口を開く。
「桐生。今言うことじゃないかもしれないが、頼みがあるんだ」
「……頼み?」
「ああ。姫路のことでな」
「っ……。何?」
一瞬篝は顔をしかめたが、すぐにそう聞き返した。
なので是清も要件を手短に伝えた。
「……それは本当に言っているのかい?」
話を聞き終えた篝の反応は疑心が半分以上を占めている感じだった。
とは言えそれも当然だろう。是清が中々に常軌を逸した話をしたのだから。
「本当だ。頼めないか?」
「……確かに君の言う通りなんだよね。…………分かった。協力しよう。舞花のためにね」
「悪いな。助かる」
「別に構わないよ。舞花が幸せなのが1番だから。好きになった相手なんだ。せめてもの、ってやつだよ」
今の言葉を口にすることさえ、辛いことだろう。
しかしそれでも舞花のことを考えて決断した。桐生篝。すごい男だ。
是清はさて、と言って話を変える。
「もう授業は始まっていると思うが、どうする? 戻るか?」
「そうだね。戻ろうか。一応タイミングはずらしてね」
「はいよ」
是清は生返事を返して、先に校舎に向かった。
◇
是清がそう呼んでいるというだけの『セーフエリア』には篝だけが残された。
篝はゆっくりと上を向いた。
「舞花……」
今では許嫁という関係を失った相手の名前を口にする。
こんな状況になったのだ。篝の頭には舞花と過ごした日が思い起こされた。その中でも一際、大きな存在を放っていたのはまだ幼い少女。
今でも鮮明に思い出せる。
当時の彼女はとても良い顔で笑った。
篝の中には、それをもう1度見たいという気持ちが渦巻いた。
けれど、それ以降そんな顔を見ることは叶わなかった。確かに舞花は常にニコニコと笑ってはいたが、なぜかそれは違う気がした。表面上の笑顔、とでも言うべきか。
だと言うのに、約1ヶ月前に見えてしまった。篝の求めるそれは。
「……っ……」
だからこそ悔しい。
篝は何をしたわけでもない。要するに舞花がそうなったのには、是清の存在が大きく関わっているということだ。
本人からも、その時期に舞花と知り合っていた、という言質は取れている。
つまり舞花があんな楽しそうにしていたことに、篝は関係ないのだ。
「どうして、こう……。好きなのにな……」
篝は拳を握り締めた。爪が肉に食い込んでいた。痛みが残る。それのせいで気づくのが一瞬遅れた。
自分の頬が濡れていることに。
◇
是清の廊下を歩く足は、これでもか、というくらいに遅かった。
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