第57話 篝の気持ち

 事ある毎に舞花を姫路家の娘と同列に見て褒め称える篝を、是清は良く思っていなかった。「そりゃ、姫路も許嫁が嫌なわけだ」と勝手に納得していたのだ。

 けれどそれは間違いだったのかもしれない。

 だから同じ質問をぶつけた。その真意を探るために。

 先ほどの篝の質問に対する答えはイエス。

 そこは変わっていないはずだ。問題はその後。

 是清がじっと視線を送る。

 と、そこでチャイムが鳴るのが聞こえた。5時限目を知らせる本鈴だ。


(タイミング悪いな……)


 文句の1つでも漏らしながら、音が過ぎ去るのを待つ。

 やがて再度静寂が訪れると、一拍置いて、篝が口を開いた。


「……そうだね」


 言葉こそ違えど、前と同じくそれは肯定の意を示していた。

 大事なのはこの後だ。

 すでに授業は始まっただろうが、それでもあまり話し合いを長引かせる気はない。

 早速是清は核心に切り込もうとしたのだが、それよりも早く篝が声を上げて、口をつぐんだ。


「わざわざ同じ質問をしたってことは、何か引っかかっているのかな?」


 是清は静かに首肯した。

 すると篝が「やっぱりね」と納得した。

 それにしても桐生篝という男は、なかなかどうして頭が回る。相変わらずのすごい性能の高さだ。

 彼が続ける。


「質問の内容から考えるに、さっき君が聞いた『僕が舞花を見ていない』ってことと関連しているのかな」

「…………」


 押し黙る是清。

 篝の考えは当たっている。


「ねぇ高坂くん。舞花は僕について何か言っていたかい? もしそうなら、教えてくれないかな?」

「……ただ桐生と結婚するのは乗り気じゃないとは聞いたが、それくらいだ」

「……そっかぁ」


 一瞬上を向いてから、篝は続ける。


「僕はね、高坂くん。女の子との接し方の分からない人間なんだよ」


 いきなりのことで是清は理解に苦しんだ。


「……? そうは見えないけどな」

「まさか。……僕は小さい頃に舞花に会ってさ、その時はすごい良い子だなって思った。あっ、もちろん今もなんだけど」

「まあ姫路だからな」


 幼い頃も舞花の本質のようなところは変わっていなかったらしい。


「でも僕たちは住む場所が遠かったこともあって、会う回数は少なかった」


 それは是清も知るところだ。でなければ、舞花は引っ越しなんてして来ていない。


「それで?」

「うん。だからさ、徐々に舞花との接し方が分からなくなっていったんだ。

 さっき高坂くんは僕が舞花を『姫路家の娘として見ている』なんて言ったけどさ、違うんだ。そうじゃない。

 ……でも、どこで間違えたんだろうね」


 今の篝を『落ち込んでいる』の一言で表すには少し無理があった。


「どこで……か」


 是清はそっと呟いた。


「僕自身はちゃんと舞花を見ていた……つもりだった。けど、難しいね。そういうのは、ちゃんと言葉にしないと伝わらない」

「それが相手を知るってことだからな」

「僕は確かに舞花が好きなんだよ。けれど舞花の方はそうじゃなくなっていたらしい。僕も気づかないうちにね。……気づかない時点でもう駄目かな」


 最後のは自虐じぎゃくのように聞こえた。


「…………」

「どう? これで納得はいったかな?」

「……ああ」


 完全にそうだと言えば、それは嘘になるが、今の篝にこれ以上何かを聞くことは躊躇われた。


「桐生。今も姫路のことは好きか?」


 が。それでもこれだけは聞いておきたかった。

 心が痛む。特に篝の方は。

 それでも彼は質問に真摯に向き合った。


「今も……好きだよ」


 間があったのは、今の状況でその言葉を口にするのを躊躇ったからだろうか。

 ともあれ是清は小さくうなずいた。


「そっか」


 もし篝が否定していたなら、そこで話は終わっていた。だが、答えはその逆。

 となれば、話がそこで終わるはずはなかった。

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