第54話 姫路家のご令嬢

 舞花の行動はしばしの沈黙を生んだが、やがて篝がそれを破った。


「そっ、か……」


 言葉は1つにまとまっていなかった。

 だが逆にそれが篝に舞花の意思がはっきり伝わったということを裏づけていた。


「え……? 何、どうなってんの?」


 が、若干数名、理解の追いついていない生徒もいた。ちなみに今、疑問の声を上げたのはチャラチャラしたリア充男。

 彼は普通に理解できていないだけなのか、頭が理解を拒んでいるのか。おそらくは前者だろうが。


(ったく……)


 是清は呆れ顔を作った。

 するとほとんど時を同じくして、チャラ男の疑問に舞花が答えた。


「い、今言った通り、です……。私は、篝さんとの結婚をの、望みません」


 改めて言葉にして、緊張したのだろうか、舞花はところどころ噛んでいた。


(でも、ちゃんと答えてやるあたり、さすがだな)


 是清は密かにそんなことを思った。

 舞花は優しい人間だ。きっと純粋に疑問に答えてあげたというだけなのだろう。

 チャラ男が回答に対して、素っ頓狂な声を上げた。


「は……? ほんとに言ってんの? え? だって相手は篝だよ……?」


 確かに彼の疑問はもっともかもしれない。

 篝は粗を探すのが困難なほど良く出来た人間だからだ。

 チャラ男は周りのことなど気にせず、言葉を続ける。


「どゆこと? 篝が嫌いってこと?」

「それは……」


 舞花は言葉を詰まらせた。

 原因は考えるまでもない。

 彼女が篝を傷つけたいとは思っていないからだ。

 彼女は別に篝のことを嫌っているわけではないので、今のチャラ男の質問は否定できる。が、そうすると次々に、どうして結婚したくないのか、といった詮索が始まる。

 結果、彼女は最終的に篝が傷ついてしまうと思っているのだ。


「そう先走るな。俺が話してやる」


 だから是清がこう口にしたのは、必然的だったのかもしれない。

 もう舞花は十分過ぎるほど頑張った。

 ならこれからは是清の出る幕だ。

 結果的に篝が傷つくのは変わらないかもしれない。

 だがその時の悪役は是清でいい。


「あ?」


 チャラ男が今までよりひとまわり低い声を漏らした。当然だが、チャラ男は是清を好いていないのでこの反応というわけだ。


「今の許嫁云々の話で分かっただろ。俺は嘘はつかない」


(本当はつくかもしれないけどな)


 こう思った時点で、今の言葉そのものが嘘になるかもしれないが、そんなことはいちいち気にしない。

 是清は相手を待たず、早速口を開く。


「まずあんたの質問だけど、姫路は別に桐生を嫌っているわけじゃないぞ」


 とりあえずは妥当なところから答える。


「は……? どういうことだよ?」

「どういうことも何もないだろ。別に姫路は桐生が嫌いじゃない」

「だから、じゃあなんで舞花ちゃんは結婚を拒むんだよ!?」


 大きな声が是清の耳を刺激する。

 さすがに言い方が意地悪だっただろうか。


「ただ嫌なんだよ。別に姫路は桐生のことが好きじゃない。好きでもない奴と結婚するのはあんただって嫌だろ?」


 舞花からはっきりと「篝のことが好きではない」と言われたことはないから、今の言葉には少々是清の憶測が入っている。


「……まあ、それは……」


 チャラ男の彼は是清の言葉を渋々といった感じで認めた。


「納得したか?」

「しねぇよ。篝はイケメンだし、勉強もできて、金持ちだ。何でもそろっているんだよ。好きじゃないなんて言ってもよ、それをなんで自ら手放すようなことを……?」


 彼は少し前の是清とほとんど同じことを言った。が、今となってはそれも過去の話。

 今なら違った見方が是清にはできる。


「何でも揃うって、それは本当に言っているのか?」


 まずは相手の認識を再度確認する一言。


「……? 当たり前だ」

「はぁ、そうか……」


 是清は短くため息を吐いた。

 それから調子を改めて、続ける。


「そうだな……例えば『幸せ』なんかは手に入らないな」

「──っ……!」


 チラッと篝の方に視線を向けたら、彼が強く奥歯を噛み締めていた。


「幸せ……?」


 チャラ男は頭に疑問符を浮かべた。

 なので是清はそれを解消してあげた。


「ああ。好きでもない奴と一緒にいて、それが手に入るか? 違うだろ」

「…………」

「それとこれは桐生、あんたに向けた言葉だが」


 是清は話す相手を篝に変え、前置きをした。

 同時に篝が正面に来るよう身体の向きを変える。

 それから是清は告げた。


「──あんたはもう少し、姫路舞花という人間を見てやるべきだったな」


 何気に初めて少女の下の名前を口にした。フルネームでこそあったが、少し照れる。


「……何が、言いたいのかな?」


 篝が率直に尋ねた。

 なので是清も簡単に返した。


「言葉通りの意味だよ」

「僕が舞花を見ていないだって? そんなはずはない」

「そうか? 俺にはそうは見えなかったな。あんたが見ていたのはだったと思うんだが」

「…………」


 次に篝は沈黙を貫いた。

 姫路舞花と姫路家の娘。それは一見同じなようで実は違う。


「結構前の話だけど、姫路って書道のコンクールで良い成績を出したらしいな」


 それはある日の舞花と篝の会話の中に出て来た話題の1つだ。是清はそれを聞いていて、たまたま今日まで覚えていた。

 ふと舞花の方に視線を向けると、彼女が目を見開いているのが分かった。

 是清は淡々と続ける。


「さすが姫路家の娘は違う。これはその時、あんたが口にした言葉だ。

 なんだ? 姫路家の娘っていうのは? それは姫路が頑張った結果だ。素直に姫路を褒めるのが正しかったと俺は思うぞ」


 きっぱりと言い切る。


「──っ……!」


 すると篝がさっきよりも強く奥歯を噛み締めた。

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