第53話 人生の左右
そもそも舞花は篝に気持ちを伝えられないから是清を頼った。だと言うのに今は状況が悪化しているように見える。
仮に是清の言葉を舞花が肯定したなら、そこで篝との関係は終わる。またその逆で、是清の言葉を彼女が否定した場合は、おそらく篝との許嫁の関係は絶対のものになる。
あまりにも極端な2択。高校生の少女が背負うにはあまりにも大きい。
「……っ……」
舞花は奥歯を噛み締めた。
未だに答えは出せていないようだ。
もちろん、舞花の気持ちだけで考えるなら否定の1択しかない。が、事はそう単純でもない。
前提的な話になるが、舞花は決して篝のことが嫌いではないのだ。それは以前に是清も聞いているので、分かっている。
きっと舞花は篝を傷つけたくはないのだ。
「舞花?」
篝が怪訝そうに眉をひそめながら、許嫁の名前を口にした。
沈黙が長かったせいか、舞花の表情が険しかったせいか。あるいはその両方か。
それにしても篝の普段とほとんど変わらない声質には驚きを隠せなかった。
この状況だ。動揺が言葉に現れてもなんら不思議ではない。
(すごいな。素直に感心だ)
篝は緊張の類を覚えていないのだろうか。
今の是清は心臓が早鐘を打っている。だが、きっと今の舞花は是清の比ではないはずだ。
その証拠に舞花の足が僅かばかりに震え、息遣いも荒くなっていた。
「私……私は…………」
その続きが、人生を左右する一言が、舞花の口からは飛ばない。
是清はその様子に喉に渇きを覚えた。
自分のことではないというのに妙に緊張が走る。
(姫路……)
心の中で是清は誰よりも強く祈った。
ここで舞花に助け舟を出すことは今となっては簡単だ。
けれど、それでは駄目なのだ。
これは舞花が何とかしなければならない。
「私は……!」
と、その時だっただろうか。
舞花と目が合ったのは。
そのままじっと彼女と数秒の間、見つめ合った。
他の生徒たちは別段気にならなかった。
そこには確かに是清と舞花だけの空間が広がっていた。
(あれ……?)
不意に是清は僅かに首を傾げた。
(この光景、最近も……)
そう。是清は今と似たような状況を過去にも体験していた。
(あっ、そうか……)
答えはすぐに出てきた。
それは舞花とデートをした日のこと。デートが始まってすぐのこと。
彼女とは、是清が緊張していては楽しめない、ということでそれをほぐすために少しの間、じっと見つめ合っていた。
「あ……」
舞花はそんな声を漏らした。
彼女も是清と同じことを思い出したのだろう。
すると、同時に彼女が肩の力をふっと抜いた。
もしあの日のことを思い出して、変な緊張が解けているというのなら、是清にとってそれほどまでに嬉しいことはない。
是清は何も言わずに、ただ首を前に倒した。「頑張れ」と念を込めて。
舞花は是清から視線を逸らした。
是清はもう心配はしていなかった。
舞花がゆっくり口を開く。
「篝様……いいえ、篝さん」
舞花はわざわざ相手の呼び方を言い直した。
「…………」
篝は何も言わなかった。
そして舞花はぺこりとその頭を下げた。そのお辞儀は、よく洗練されていて、とても礼儀正しかった。
「──これが私の答えです」
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