第52話 迷推理

 舞花との話に一段落ついたところで、是清は篝に向き直る。

 彼が素直に感心したといった様子で言ってきた。


「驚いたよ。ずいぶん親しそうに話してたね。

 高坂くんて、舞花と話したことはないと思うんだけどな……」


 後半はぼやき気味だった。

 が、是清は聞き逃さなかったので、それをいいことに会話を展開させていく。


「桐生の目の届かないところで親しくなったんだよ」


 あからさまな挑発。

 しかしさすが篝だ。相変わらずの冷静さで応じた。


「へぇ。目の届かないところっていうのは、ここのことかな?」

「ああ」

「そっか。でもなんでだろ? 高坂くんは強引なタイプに見えないから、舞花がここに来た意味が分からない。

 まさか舞花が自分の意思でこんなところに来るとは思えないし」


 舞花の許嫁だけあって、ある種の確信が篝にはあった。

 だが彼の言い分は通常の舞花での話だ。


「だけどそのまさかなんだよ」


 だから是清は篝の言葉に合わせるようにそう答えた。


「っ……!」


 篝は息を詰まらせる。


「桐生。なんで姫路がここに来たか分かるか?」

「……?」


 僅かに首を傾げる篝。まあ、当然の反応だ。


「一応確認しておくけど、姫路はあんたにとってなんだ?」


 まだ答えは言わない。代わりに篝の舞花に対する認識を調べる一言。


「……そんなの決まってる。あの姫路家のご令嬢で僕の許嫁だよ」

「そうか。……姫路が最初にここに来たのはな、姫路が転校して来てから10日経ってからのことだった。その日何があったか、覚えているか?」

「10日……? いや」


 篝は首を横に振る。


「覚えてない、か……」


 呟くように言って、それから一拍置いて告げる。


「──あんたが姫路に結婚の話を持ち出した日だ」

「──!? なんで知って……?」


 篝が怪訝そうに問うてくる。

 舞花や篝と親しくなければ、知り得ない情報。この反応からも分かる通り、是清がそれについて知ったのは、舞花を通してのことだ。


「全部聞いたんだよ。あんたも薄々気づいているんじゃないか?」

「……何がだい?」


 どうやら素で気づいていない様子。

 これは教えてあげる必要がありそうだ。


「──姫路があんたとの結婚を望んでいないことを、だ」

「なっ……!?」


 顔に驚愕きょうがくの色を浮かべたのは篝はもちろん、その場にいた是清と舞花を除く全員がそうだった。


「ちょっと待ってよ」


 が、すぐに冷静さを含む声が聞こえた。

 場の全員が一斉に同じところに目を向ける。

 そこにいたのはあのギャルの生徒だった。

 彼女が続ける。


「篝、その根暗の言葉なんて間に受ける必要ないしょ」

「え……?」

「そいつの言ってることはどう考えたって、嘘八百でしょ。違うん?」


 ただ淡々と彼女は述べた。


(はぁ!? んなわけねぇよ! こいつさっきから的外れなこと言い過ぎだろ!)


 元々、チャラ男と喧嘩になったのも彼女が原因だ。

 ドラマの見過ぎか何かか知らないが、やめて欲しいところだ。

 しかし時はすでに遅い。

 困ったことに今の問題の中心にあるのは、舞花と篝、そして是清だ。

 つまり事実であれ間違いであれ、ギャルやチャラ男の言葉はとなる。

 ここでもまた困ったことに、それらはある種の信憑性を持つ。


「…………」


 篝がしばし黙りこくる。

 はたして彼がポッと出のクラスメイトを信じるか、少なくとも今日まで共に過ごした友達を信じるか。


「…………あのさ、舞花」


 そしてついに沈黙を破ったかと思いきや、彼が話を振ったのは、許嫁に対してだった。


「なんでしょう?」


 丁寧に舞花が応じる。

 それに促され、篝は言葉を続けた。


「君の言葉が聞きたい」


 どうやら彼は本人に直接聞く道を選んだようだ。


「え……? わ、私……ですか……」


 そして当の舞花は戸惑いを隠せていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る