第50話 人生の分岐

 もちろんその場の全員が舞花の言葉を1字1句聞いたわけで、そこにおかしな解釈の余地はなかった。


「舞花ちゃん。いきなり叫んでどうしたんだよ……?」


 それでも聞かずにはいれなかったチャラ男の彼は取り繕わずに尋ねた。


「言葉通りの意味です! 高坂さんはそんなことしませんし、できませんッ!」


(おい! 失礼なこと言うな!)


 これではまるで見くびられているみたいなので、ツッコミを入れておく。もちろん心の中で。

 でも確かに舞花の言う通りなわけで、是清は舞花の弱みなんて持っていないし、持っていたとしてもどうこうするつもりもない。まあ、知ったら知ったで面白そうではあるが。


「や、でもさ、そうすると舞花ちゃんがここにいる理由がないじゃん?」

「アンタも鈍いね」


 と、突然口を挟むギャル女子。


「あ? 何がだよ?」

「決まってんじゃん。ちょっとでも頭が回る奴なら、こういう時のために保険を用意しておくもんしょ」

「何がいいてぇんだ?」


 実はギャルの彼女が少々小馬鹿にしているが、彼がそれには気づいた様子はない。

 彼女は当然といった様子で告げる。


「今の舞花のセリフもそこの根暗に言わされたもんなのよ」


 今のセリフというのは間違いなくさっき舞花が是清をかばって出した言葉のことだろう。


「な……」


 唖然あぜんとするチャラ男。その反応は是清がとってもいいくらいだ。

 彼が言葉の意味を理解したと同時に、血相を変えた。


「てめ……!」


 そこからはまあ、予想通りの行動に出たわけで……。


「ぐっ……」


 是清は胸ぐらをガッと掴まれ、僅かだが、足が地面から離れた。少し息苦しい。

 自分が今どんな状態にあるか認識したところで、早くどうにかしないとな、と頭では考える。

 とりあえず冷静に話し合いといきたい。


「お、おい──」


 ──しかしそれよりも早く、是清の頭を衝撃が襲った。

 何が起こったのかは、直後に血の味を感じたことで理解した。


(いきなり頭突きはひどくねぇか……?)


 そう。どうやらチャラ男は是清の言い分は聞かずに手を、正確には頭を出してきたらしい。それで是清は鼻血を出した。普通に痛い。

 さすがの是清も攻撃をされて、いつまでも穏やかにとはいかず……。


「おら……ッ!」


 一応、乗せれるだけの気合いを乗せて、同じく頭突きを返した。

 それのせいか、チャラ男は是清の胸ぐらから手を離した。


「ってぇ……」


 実際さほどダメージはないはずだが、チャラ男はそう漏らす。

 そんな彼に挑発ではないが、是清は言葉を向けた。


「あんた、いきなり何すんだ!? ちょっとは人の話聞いたらどうなんだよ!? それとも、それすらできねぇ単細胞なのか!?」


 スラスラと言葉が出てきたのはきっとアドレナリンが出て興奮しているせいだ。

 さらにそのせいで、最後に余計な一言までつけてしまったわけだが、仕方のないことでもあった。


「言ってくれるじゃねぇの……!」


 まさしく今にも彼は襲いかかって来る雰囲気だった。

 お世辞にも身体能力が高いとは言えない是清だ。

 こんな相手と大々的な喧嘩は避けたい。

 なので


「──うおあぁぁッ!」


 ちょっと低めのタックルをかましてみた。

 先手必勝というやつだ。

 案の定、彼は体勢を崩す。


「ぐはっ……!?」


 たまには何でも揃っているリア充に痛い目を見てもらった。

 さてこの後だが……。


「ストップ! 君たち一旦落ち着け!」


 何かする前に篝の声が響いて、是清は引き剥がされ、拘束を受けた。ちなみにチャラ男の方にはギャル女子が近寄った。

 是清ははっと我に返る。


「あ……」


 一応バタついてみるが、篝の力が強くて抜け出せない。


「落ち着けって!」


 まだ是清が暴れると思っているのか、篝は強めにそう口にした。

 是清はピタリと動きを止めた。


「いや悪い。元々、攻撃する気はなかったんだ」

「あ、うん……元はといえば僕の連れが悪いわけだから。ごめんね」


 篝は相変わらずの冷静さで応じる。


「あんたが謝ることじゃない」


 まだ身体は熱いが、何とかそう返答できた。

 それで安全を確認したのか、篝が拘束を解いた。きっとまたここで暴れようものなら拘束を再度受ける。

 是清は少しは冷えた頭で考える。今はどういう状況だっけ? と。そもそもどうしてこうなったんだっけ? と。

 舞花といつものように楽しく遊ぼうとしたら、彼女の許嫁とその取り巻きがやって来た。

 1文で表すならそうなる。

 と、ここで是清は気がついた。


(あれ? ひょっとして、今って姫路の望みを叶える最大の好機じゃね?)


 そう。舞花は篝との結婚を望まない。

 そして是清は舞花を助ける約束をした。

 ならこれから是清が取る行動も必然的に定まるというもの。


(なるようになれ、か……)


 是清は立ち上がって、付着した砂をパンパンと払って落とすと、篝を見据えて言った。


「桐生、あんたは姫路のことが好きなのか?」


 言葉はスラスラ出て来た。

 こちらは喧嘩という形でここの全員にはすでに醜態しゅうたいさらしている。

 今更、会話の中でろれつが回らないなんてことはほとんどないに等しい。

 そんな是清の本当に突拍子とっぴょうしもない質問に篝も一瞬驚いた様子だったが、少しの間を置いて答えは返ってきた。


「…………もちろん」

「そうか……。なら先に謝っておく。すまん」

「……?」


 謝罪の意味が分からない篝。

 そんな彼のために是清は言葉をより具体的にして言い放った。


「──俺はこれからあんたの人生をめちゃくちゃにする」


 ◇


 50話突破しました。

 ここまで読んで下さった皆さん、本当にありがとうございます。

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