第47話 災難
目覚ましの音で意識を現実に戻されると、それから逃げるように一瞬目を瞑った。
けれどすぐに思い直して再び目を開ける。
いつもは今日も学校に行きたくないなどと子供じみたことを頭に思い浮かべるのだが、生憎と今は学校に行きたくない日はない。
理由はわかりきっている。
是清はベッドから身を起こして、部屋を出た。
洗面台の前で顔を洗って、寝癖をしっかり整える。
それが終わると、リビングにのそのそと向かう。
「おはよ」
扉を開けると同時に朝の挨拶を口にする。
するとすでに起きていた美香、真百合、空太が一斉に是清に視線を向ける。
「おっはよー、是清ちゃん!」
「およ? おにーちゃん今日も早いね! おはよー!」
「おはよう」
今日も今日とて我が家はいつも通り。
「母さん、ご飯は?」
「あ、出来てるよ。運んで運んで」
促されるまま是清は朝食を運んで、席についた。
「いただきます」
朝食に出たのはスクランブルエッグ。言わずと知れた朝の代表料理の1つ。
それを味わいながら、食していると、突然是清に話が飛んだ。
「ねぇ、是清ちゃん?」
「ん?」
「1週間……なんの数字かわかる?」
「……? いや全く」
短く否定で応じる。
強いて言えば、舞花と再会してから経った、正確には経つ日数だが、是清の家族は舞花の存在を知らないはずだ。
「これはね、是清ちゃんが自分で起きるようになってから経った時間のことだよ」
「へぇ……」
言われてみれば確かに。
「いつもは真百合か空太が起こさないとダメだったのにね」
「そうだよ。おにーちゃん全く起きないもん」
真百合が口を挟む。
確かに是清は自分で起きようとはしてこなかった。そのため真百合や空太が起こしに来ていた。
最近で1番ひどかった起こし方といえば、最高の夢を見ている時に腹に同時に飛び乗られたことだ。
あの時はひどかった。
「まあまあ」
とりあえず曖昧な返事をしておく。
「いや、それはいいんだよ。いいことだから」
「じゃあなんでいきなりそんな話を?」
端的に問う。それに応じるように美香も答える。
「えーと、是清ちゃんに今度こそ彼女でも出来たのかなって」
「──うぐっ……!」
いきなりのことで是清はスクランブルエッグを喉に詰まらせる。
「た、たた、大変! 是清ちゃん、み、水!」
是清よりも慌てる美香。
誰のせいでこうなっていると思っているのだろうか。
ともあれ苦しいことに変わりはない。
テーブルに広く目をやると、端の方にコップが見えた。
(あった!)
是清は中身をぐいっと飲み干す。
「あ……」
空太が何か呟いたが、耳には届かなかった。
焦る気持ちから一気飲みに出たのはわかるが、少し浅はかであった。
「──ごほっ……!」
別の理由から今度は咳き込む是清。
(しょっぺぇぇぇ!! これ、醤油じゃねぇかよ!!)
いかん。これでは塩分の過剰摂取になる。
「是清ちゃん!? 大変! 水!」
言いながらも美香がもたもたしていたため、結局是清は自分で水道に向かった。
蛇口を捻って出てきた水をコップに汲んでキリよく5杯分飲み干す。
そこでやっと水を止めた。
(災難だった……)
是清はまだ塩味の残る口に違和感を覚えながら、再び食卓に戻る。
もう半分もないスクランブルエッグを手に取ると、是清は今度は喉に詰まらせないように食べ切った。
「ごちそうさま」
急いで朝食を胃に入れた是清はそそくさとその場を去った。
不幸中の幸いとでも言うか、美香からの追求だけは逃れることができた。
是清はそれに安堵しながら、学校に向かって足を運んだ。
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