第44話 過去の言葉

 なぜかは分からないが、しばらく是清は舞花と視線を交わし合った。デートしたこともあってそこまで恥ずかしくはならなかったが。


「その……久しぶり」


 沈黙を破るのは容易なことではなかったが、この状況だ。話せることは今のうちに話しておきたい。


「はい。お久しぶりです」


 相変わらずの丁寧な言葉遣い。

 少し安心した。


「その、高坂さん。もしかしてずっと私のことを待ってたりしましたか?」

「まあ、そうだな……」


 舞花が申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「……すいません」

「別に謝らなくていい。どうせ俺は姫路が来ても来なくても、昼休みはここにいる」


 少しでも舞花の罪悪感を減らそうとして答える。嘘は言っていない。


「そう……ですか……」


 舞花が顔を俯ける。

 彼女を励まそうとなるべく明るく声をかける。


「そうだ、姫路。実はな、漫画を持って来たんだ。見てみたいって言っていたから」


 先ほど横に置いた漫画本を取って、舞花に表紙が見えるようにする。

 舞花は僅かだが、反応を示した。


「あ……約束守って…………」

「ほ、ほら。立ちっぱなしもなんだし、座ったらどうだ?」


 舞花は静かに是清の近くの岩に腰を下ろした。

 是清は舞花に漫画本を差し出した。

 彼女はそれを素直に受け取った。が、それだけだった。


「読まないのか? 時間はまだあるぞ」


 舞花は漫画本の表紙を見つめながら、是清に話しかける。


「あの、高坂さん」

「ん?」

「その……怒ってたりはしないのですか? 私は自分から約束を取り付けたのに、こんなに遅くなって……」


 どうやら舞花は未だにそのことを気にしているようだ。

 先ほど是清の意思は伝えたはずだが、これはもっとはっきり言うべきかもしれない。


「とりあえず顔を上げてくれ」

「……」


 何も言わずに舞花は顔を上げる。

 まるで今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 彼女と自然に視線が合った。

 是清はゆっくりと語り出す。


「なぁ姫路。こないだのデートの時のことを思い出してくれ。あの時姫路は言ったよな。俺が変に緊張していると楽しめないって」

「…………はい」

「今の俺もな、姫路が変に落ち込んでいるのは嫌なんだ」

「──ッ──!」

「俺が怒っていると思っているなら、それは大きな間違いだ。その、だな……俺は姫路が来てくれて嬉しかったよ……」


 頬をポリポリとかきながら是清は語る。


(恥ずかし過ぎるだろ、これ!)


 是清は赤面する。


「嬉しかった……?」

「ああ。だからいつもみたいに元気になってくれよ」

「……」


 舞花が何やら考え込んでいる。

 彼女は少しして口を開いた。


「──そんなことを言われたのは初めてです」

「俺が第一号ってことか……」

「そうですね。……高坂さんがそんなことを言ってくれるのに、私がこの調子じゃ、いけませんね」


 舞花の声に明るさが増していた。

 どうやら是清の気持ちは伝わったみたいだ。


「あの、高坂さん?」

「なんだ?」

「いきなりで図々しいとは思うのですが、これを見てみてもいいでしょうか? 実はずっと気になっていたんです」


 落ち込んでいた時も漫画本の存在は気にかけていたらしい。


「もちろんだ」


 舞花は顔を明るくした。

 それから目を輝かせて、人生で初めて漫画というものに身を投じた。

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