第39話 謎

 ◇


 何回体験してもこれには慣れそうにない。

 最近は暖かくなってきたというのに、冷たい風が身体を打つ。


「舞花様。もう少しの辛抱ですから」


 すると舞花が辛そうな表情を無意識に浮かべていたのか、柚莉愛が優しくそう口にした。


「ええ。分かっています。急がないと間に合いませんから」


 こちらも同じく丸まった口調で言葉を返す。

 今は姫路家に帰宅している最中なのだが、そのスピードが恐ろしく速い。舞花は柚莉愛に抱えられている、つまり柚莉愛は人1人分のハンデがあるにも関わらず、それを実現しているのだから、なお恐ろしい。

 でも今回はその恐ろしさに感謝する。

 柚莉愛は駆け出してからすぐに舞花に「間に合います」と言った。

 そのような柚莉愛の宣言が外れたことは今まで1度としてない。


「それで舞花様。今日はどうでしたか?」


 今までも2人きりの時は何度もあったので、気まずくなったわけではないだろうが、柚莉愛がそう切り出した。


「どう? とは?」

「決まってるじゃないですか。初デートは楽しかったですか? っていう意味ですよ」


 薄々勘づいてはいたが、いざ言葉にされると、やはり恥ずかしい。

 デート。これ以上に今日のことを的確に表せる単語はないだろう。


「…………まあ、その……楽しかった……です……」


 照れながら本音を漏らす舞花。


「そうですか。なら良かったです。

 その服は今日買ったものですよね?」

「はい。……聞いて下さいよ、柚莉愛。高坂さんたら私がどれ着ても似合ってるしか言わないんですよ。どう思います?」

「いや、多分それは適当なんじゃなくて、本当にそうだったんだと思いますよ。だって舞花様は元が良いですから」

「ちょっと柚莉愛!?」


 柚莉愛に褒められ慣れていない舞花は動揺を隠せない。


「で、じゃあどうしてその服を選んだのですか?」

「これが1番似合うと言われまして」

「ああ。なら大切にしないとですね。少し汚れているので、あたしがこっそり洗っておきますよ」

「いや、それは悪いですよ」

「気にしないで下さい。あたしは舞花様の近侍です」


 舞花には前々から気になっていたことがある。今の発言を機に、こんな時でもなければ聞けないだろうと思い、舞花は思い切って尋ねることにした。


「……ねぇ柚莉愛?」

「なんでしょう?」

「あなたは私の近侍なんて言うけど、それは言葉通りなのですか?」

「…………言いたいことは分かります。つまりあたしが宝仙様ではなく舞花様についているのか? っていうことですよね?」


 柚莉愛にしては珍しく間が長かった。


「ええ」

「そうですね。その通りです。他の使用人はみんな宝仙様についていますけど、あたしは舞花様の近侍です。この先もおそらく」

「……なんでですか? 私も気づいています。あなたは他の使用人たちからどこか嫌われています。今日だって、彼らを眠らせたりしていました。

 そこまでしてどうしてお父様ではなく私につくのですか?」


 1番聞きたかったことだ。

 柚莉愛は宝仙の命令はそつなくこなすが、それだけだ。

 でも舞花の場合は違う。

 言われた以上のことを進んでやってのける。今だって宝仙の元についているなら、7時を過ぎてから捜索するはずだ。

 だが現に柚莉愛はそれをしないで、こうして舞花を助けている。


「そうですね……あたしは舞花様が幸せならそれでいいんですよ。それ以上も以下もありません」

「私の幸せ? いったい──」

「──ちょっと時間が押してきてるので、とばしますよ」


 舞花の言葉を遮り、さらに加速する柚莉愛。

 今までもだいぶ速かったのに、まだ本気じゃなかったのだ、と舞花は愕然とした。


 ◇


 柚莉愛に示された道を進むと、やがて知っている道に出た。

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