第37話 お嬢様の賭け

 5分程度で状況が一変するのなら、そもそもそんな状況にはおちいりすらしない。

 つまり何が言いたいかと言えば、未だに帰り道は分からないということだ。なんならさっきよりもまずいかもしれない。

 舞花はもちろんのこと、是清も焦りを感じ始めていた。


「姫路の父さんって怒るとやっぱり怖いのか?」

「ええ。そりゃもう。すごいんですよ」

「すごいって……。そんなこと言われてもな。帰れなかったら怒られるのは姫路なんだぞ」

「あっ。そうでした。やりますね、高坂さん」

「はぁ……。お褒めに預かり光栄だよ」


 学校とかなら楽しい雑談になるこれも、今はとても楽しめる状況ではない。

 是清は時間こそ分からないものの、これ以上手際の悪さを披露していたら、間に合わないと確信していた。


「さて、もうさすがに考えている時間はないぞ。賭けになるが、向こうにでも行ってみるか?」

「そ、そうですよね。今はピンチでした。

 高坂さんの案を採用しましょう。私、ギャンブルには強いんですよ」


 一瞬現実を知って動揺した舞花だが、なんとか平然を保つ。多分内心すごくドキドキしているだろうに。

 そうと決まれば早かった。

 是清と舞花は早歩きであてもなく移動する。


「ギャンブル……ね。強いってことはやってたのか?」


 是清は不躾に尋ねてみた。

 ギャンブルという言葉はどうしてもマイナスなイメージがつきまとう。それこそお嬢様には無縁な言葉にも思える。

 舞花は軽くうなずく。


「はい。意外でしたか?」

「そ、そりゃな。パチンコとかか?」

「いいえ。ギャンブルといってもポーカーですよ」

「ポーカー?」


 舞花の言葉を繰り返す是清。

 もちろんポーカーを知らぬわけではない。

 それはパチンコやスロットと違って、あまり重苦しいイメージがないので、舞花がしていても不思議ではない。是清だって誰ととは言わないが、10回以上はしたことがある。

 是清は安堵し、言葉を続ける。


「しかしポーカーか。ギャンブルって聞いたからもっと重いものだと思ったから良かったよ。ちなみにギャンブルってことは何か賭けたのか?」


 好奇心から賭博とは無縁の是清は尋ねてみた。


「はい。聞いて驚いて下さいね」


 舞花が意味ありげに前置きをする。

 なぜかその様子に圧倒され、ゴクリと唾を飲む。


「──ビルを1個賭けました」

「……え?」


 すぐには理解できなかった。

 脳内で舞花の言葉がリピートする。


「…………えぇぇぇぇぇ!!」


 ご近所の方からしたらたまらない叫び声。

 今の是清は迷惑極まりない。


「高坂さん。静かに」


 舞花が自分の唇に指を押し当てて、そう制する。


「あ、えー、すまん」


 反射的に舞花に詫びを入れる是清。

 それでやっと落ち着きを取り戻し、改めて聞いてみる。


「なんでビルなんて賭けたんだ?」

「なんかおじい様が勝手に賭けてました。ある日おじい様に久々に呼び出されて、行ってみたらいきなりポーカーしろって言われて。なんとか勝ちましたが、あの時はかなりまずい状況だったみたいですよ」

「あ、ああ。そうなのか……」


 是清には想像もつかない。

 金持ちの賭けには関わらない方が良いと学んだ瞬間だった。

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