第17話 最大の見落とし

 1年生の神崎柚莉愛に会って以降は特にこれといった出来事もなく、無事に舞花を連れ出す日曜日を迎えていた。

 現在の時刻は午前9時。

 舞花が外に出れるのは13時から19時。

 つまりあと4時間の猶予ゆうよがある。

 今日まで練り続けてきたプランを見返す。


(よしよし、完璧だ。デートプランも姫路の連れ出し方も。まずはあいつの家に行って……行って…………)


 もしかしたら是清はとんでもないことを見落としていたのかもしれない。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!! 俺姫路の家がどこにあるか分からねえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!」


 家の中に是清の叫びが響く。

 そう。最も肝心なことを是清は知らなかったのだ。

 これを知らなければ何も始まらない。

 小学生でも気づくようなことに是清は気づけていなかった。

 今の状況を誰かが聞いたらまず間違いなく馬鹿にしてくる。


(浮かれすぎて頭がそこまで回っていなかった…………)


 後悔するも遅い。

 でも諦めるという選択肢はすぐに除外する。

 是清は家を飛び出した。

 幸いなのは姫路家が名門だということ。

 もしかしたら4時間以内に見つけられるかもしれない。

 家を出てすぐに散歩だろうか、1人で歩く女性を見つけた。

 彼女に走り寄る。

 話したくはないが、背に腹は変えられない。

 今日の舞花とのデートを逃すわけにはいかないのだ。


「しゅ、しゅいましぇん!」


 声が裏返る。


「ん? あら、高坂さん家の。なにか?」


 近所の人だと思われる。

 まったく知らない人よりかは幾分かマシだ。


「あ、あの……その……ひ、姫路しゃんの家を探しているんでしゅけど、ご、ご存知ありましぇんか?」

「姫路さん? う〜ん。悪いけど分からないわ」

「そ、そうでしゅか。ありがとうございました」


 礼を述べるとその場から逃げるように走る是清。


「なんだったのかしら……?」


 彼女の疑問は最もなものだった。






 是清は近所の公園でようやく足を止めた。


「はぁはぁ……」


 運動不足が顕著けんちょに出る。

 ここまで息を切らしたのは中学校のマラソン大会以来かもしれない。

 あの時はたしか後ろから5番目だったはずだ。

 公園のブランコの元に歩み寄ってそこに座る。

 その様子はさながら家に居場所のない中年のおじさんのようだった。


(大丈夫。4時間もある。絶対見つかる。……姫路も教えてくれればよかったのに。教えたくなかったのだろうか?)


 もしこの予想が当たっていたなら是清は泣く自信がある。

 その場から立ち上がり、気息を整えると公園を出た。

 それからはさっきと似たようなことの繰り返しだった。

 ある時は


「すいましぇん!」

「ん? どうしたのボク?」

「ひ、姫路さんの家をし、知りましぇんか?」

「…………知らないや。ごめんね。お姉さんじゃ、力になれそうにないや」

「い、いえ。ありがとうございました」


 と、なった。

 お姉さん相手だとかなり緊張してしまった。

 ある時は


「あ、あのー」

「あ?」

「姫路さんって家知りませんか?」

「ああ!? あんだって!?」

「姫路さんって家知りませんか!?」

「雛菊!?」

「姫路!」

「姫岸!?」

「姫路!!」

「ん? ああ、姫路さんか? 知っとるわい」

「本当ですか!? 教えて下さい!」

「えぇとな……あ、よく考えたら知らんかったわ!」


(このジジイ!)


「失礼しましゅ」


 と、なった。

 年寄り相手だとそこまで緊張しなかった。

 ある時は


「おい、兄ちゃん! どこ見て歩いてんだ!? あぁ!?」

「ひっ……しゅいましぇーん!!」


 これは違った。

 怖いおじさんに肩をぶつけた時だ。

 この時は本当に死を覚悟した。

 そんなこんなで残り時間は最初の半分の2時間となってしまった。


(分からねぇ……)


 いい加減聞き込みにも限界を感じている時だった。


 ピロン。


 軽快な音を立てて携帯が音を鳴らした。


(誰だよ、こんな時に)


 ポケットから携帯を取り出して、画面を覗く。


『みか』


 そこにはそう表示されていた。

 その人物と是清はかなり近しい関係にある。

 だがその人物からメールが届くのは1ヶ月ぶりくらいだ。

 その理由は単純。是清は彼女と毎日顔を合わせているのだ。


(母さんから?)


 メールの差し出し人は是清の母親。

 漢字で書くと美香みか


(なんだ? 忙しいのに……)


 緊急の用事の可能性もゼロではないので、立ち止まって内容の確認を急ぐ。

 そこには予想もしてなかったことが書いてあった。


『なんか是清ちゃんの知り合いっていう女の子が来たよ。すごく可愛い子なんだけど、是清ちゃんに用みたいだから早く帰って来てね。追伸 今日のお昼はうどんだよ』


 最後まで読み切らず、携帯を閉じた。

 あの母親のことだ。

 きっと後半はどうでもいいことを書いている。

 それより今1番大切なのは最初の部分だ。


(まさか……姫路か?)


 それ以外に思いつかなかった。


 知り合いの女の子と言えば、普通の高校生の場合何人くらいいるのだろうか?


 少なくとも是清の場合は10人もいない。

 悲しいことだが、逆に今回の場合は助かる。

 簡単にその女の子とやらを特定できたからだ。


(でも変だな。まだ1時なってないのに……)


 多少の疑問は残ったが、考えないように家に急いだ。

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