第16話 モテ期襲来?

 その日の昼休み。

 是清が弁当を片手にいつもの場所に向かっている途中で後ろから声をかけられた。


「あの、すいません」


 女子の声。

 是清の記憶にその声に当てはまる人物はいなかった。

 昼休みに入ってすぐにこんなところにいるのは是清くらいなものだ。

 周囲に他の人の気配はない。

 なので自ずと彼女は自分に用があるのだと理解した。

 ゆっくりと振り向くと同時に言葉を発する。


「な、なんでしゅか?」


 もはや何も言うまい。

 完全に彼女の方を向き、その姿を目に焼き付ける。

 身長は是清よりほんの少し高いくらいで、160後半だろう。

 クールな雰囲気をかもし出していて、少なくとも是清の方から話しかけるというのは不可能だ。

 髪は後ろで1つに束ねているが、長いわけではない。

 彼女の姿を認識するも、やはり何者なのかは分からない。

 だがただ1つ言えることがあるとすれば、彼女の容姿は人を惹きつけるということ。

 是清自身、一瞬彼女に目を奪われた。


「高坂是清先輩をご存知ですか?」

「あ、あの、いや、ごぞ、ご存知も何も、お、俺がたきゃ……高坂是清……だけど?」


 言ったあとで気づく。

 どうして最後疑問形にしたんだ? と。


「ああ、そう……アンタがそうなの」


 ポツリとこぼす彼女。

 目の前の男が是清本人だと分かった彼女は肩を落とした。


(で、誰なんだこの子は?)


 彼女は是清を知っているようだが、こちらは彼女のことを知らない。


「あたしは1年の神崎柚莉愛かんざきゆりあ。初めましてになりますか?」


 是清の意図を汲み取ったとしか思えないタイミングで彼女が名乗る。


「は、はい」

「まあそれは知ってます」


 会話の主導権を彼女に握られ続ける。


(なんだよ、「それは知ってます」って……)


 ともあれ彼女が1年生で、是清の後輩に当たることは理解した。

 となると、次に気になるのはどうして声をかけてきたかだ。


「そ、それで、どうしたんだ?」


 照れから目は合わせないが、そう尋ねる。


「あ、いえ。特に用はありません」


 きっぱりと彼女は言い切る。


(……え? 用もないのに俺に話しかけてきたの? いや、可能性は低いよ。でも、もしかすると……)


 瞬時にそんなことを考える。

 夢くらいは誰だって見るものだ。


「……それにしてもこんなのが…………」


 独り言を漏らす彼女。

 つい反射的に言葉を返す。


「え?」

「あ、いえ。こちらの話です」

「そ、そっか。で、じゃあどうして俺に声をかけてきたんだゃ? 世間話でもするのか?」

「ふっ……ご冗談を」


 彼女があごを軽く上げる。


(おい! 今鼻で笑われたぞ! 絶対内心で「何言ってんだこいつ?」とか思われたよ! めちゃくちゃ舐められてるよ!)


 もちろんこんなことを口に出す勇気はない。


「そ、そうだよなぁ。はは」


 ばればれの愛想笑いをしてみせる。


「じゃあ、あたしはこれで。お昼も食べないといけないですし」

「あ、ああ」


 そのまま彼女はきびすを返した。


(なんだったんだ……?)


 終始彼女に翻弄ほんろうされた挙句、結局彼女の目的すら分からなかった。

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