第11話 自由の拘束

 誰かがここを通りかかった時、今の是清を見てなんと思うだろうか?

 おそらく、「死にそうな目してるよ、こいつ」や「この人誰?」といったものになるのは想像に難くない。

 それほどまでに今の是清は絶望していた。

 ただの絶望ならまだ良い。

 だが今回は大きな希望から絶望に落とされたのだ。

 唯一の救いはまだ生徒がこの辺りにいないことだ。


「えーと、言いたかったことはそれだけなのですが……」


 是清を今の状態にした本人が戸惑った表情を浮かべる。


「ど、どうして俺と出かけられないのか聞いてもいいか?」


 これでくつがえしようのない理由なら諦めもつくと思い、聞いてみた。


「は、はい。実は……実は私……外出ができないんです!」


 告げられたのは意外な言葉だった。


「…………え? どゆこと?」


 外出ができないのなら、学校にだって来れない。

 いったいどういう意味なのだろうか?


「あ、ごめんなさい。言葉が足りませんでした。つまりお父様の許可なしで、出かけることができないのです」


 ということらしい。


「許可?出かけるのにそんなのがいるのか?」

「当たり前です!」


 当然のことだと言うように、舞花が声を荒げる。


「……しかし許可か。じゃあ、もしそれが取れたら俺と一緒に出かけられるのか?」

「取れたらですけど。まず無理です。

 許嫁がいながら、他の男と外出など許してもらえるはずがありません」

「難しいな……」

「ですので、外出は諦めて下さい」


 ここで首を縦に振るのは簡単だ。

 でも、是清は舞花の言葉に耳を貸さなかった。


「お父さんってやっぱり厳しいのか?」

「はい。もちろんです」

「そうか。……あっ!じゃあさ、許可なしで出かけるのは?」


 唐突に思いついた事を提案してみた。


「…………え? 何を言ってるんですか。そんなの──」


 おそらく舞花の言おうとしていることと、是清の言っていることは違う。

 最後まで聞かずともそれは分かった。


「──違う違う。そういうのじゃなくて。……バレないようにこっそりと家を出るってこと」

「……っ…………!? 何を考えているんですか!? そんなお父様に逆らうようなこと……」

「無理か?」

「…………たしかに1時から7時までなら。いや、でもやっぱり駄目です!」


 頑固として考えを変えない舞花。

 彼女は言葉を続ける。


「そんなこと今まで1度もしたことがありません。バレたらどうなるか……」


 さっきから舞花はバレた時の心配ばかりしている。

 なので是清は質問を変えた。


「一応聞いておくけど、バレるバレないに関わらず、姫路はどうしたいんだ? 外に出たいのか?」

「私? 私がどうしたいか?……私は…………私は外に出てみたい…………です。

 みんなの言う洋服屋さんとか、スイーツ店とか。……でも私は姫路家の娘です。そんなところには1度として行ったことはありませんし、これからも行けません」


 舞花が寂しげな表情を浮かべる。

 是清にとってこの発言の衝撃は凄まじかった。


「……え? ……1度も……ないのか?」

「はい。1度もありません。

 服は全て決められています。食事も全て用意されます。

 私が外に出る時なんて、お見合いやお父様の付き添い。それと学校くらいなんです」


 さらに続いた衝撃の事実。

 姫路家の娘だから。そんな理由で1人の女の子の自由がここまで奪われていいのだろうか?

 たしかに是清には名門の考え方は分からない。

 でも少なくともその考え方は間違っていると言い切れる。


「1時から7時……だったな」

「え?」

「その時間なら父親の目を盗んで外に出れるんだろ?」

「そうですが……」


 舞花はすでに是清の考えに気づいている様子だった。


「なら行こう! 姫路の父親の考えは間違っている! 名門姫路家だかなんだか、知らないが、そんなの守る必要はないだろ!」


 是清自身驚いている。

 自分が声を荒げてこんなことを言う日が来るとは思っていなかったからだ。

 これを聞いた舞花の反応を待つ。


「……だったら…………だったら、あなたが私を連れ出して下さい! たしかに私は外に出たいです! でもそれができないからこうして困っているんじゃないですか!」


 そうだ。

 是清が聞きたかったのはこれだ。

 最終的な舞花の意思を聞いて、決意を新たにする。


「まかせてくれ! 次の日曜日! 絶対に姫路を連れ出してみせる!」


 これは舞花と自分自身に向けた決意の言葉だ。

 もはやここまできたら後には引けない。


「ありが……」


 是清の言葉に対して、舞花も何か言おうとしたみたいだが、その時一気に廊下が騒がしくなった。

 きっと授業が終わったクラスの生徒が出て来たのだろう。


「約束は守るよ」


 そう残して、是清は階段を降りる。

 生徒玄関に着くと、靴を履き替え、音羽坂高校をあとにした。

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