第9話 目立たない者の特権

 6時限目は体育で男子は体育館、女子は教室で着替える。

 そのため体育前の男子はゆっくりしていられない。


「おらッ! とっとと出ていかんかい!」


 ほうきを片手に強気な態度を取る女子が1人。

 目をつけられたらたまったものではないので、是清はすぐに教室を出る。


(なんだよあれ。怖すぎるだろ)


 恐怖を覚えながら体育館に向かう。

 その途中で圭成に出会った。


「あ、是清。次体育か?」

「そうだよ。圭成は終わったところか」

「うん。……そうだ。是清は聞いたか?姫路さんって子の話」

「なっ……!?」


 いきなり舞花の話題が出て、明らかな動揺を見せる是清。


「どうしたんだ? ……まあいいや。それで、なんか昼休みのあの子がすごかったって話だよ」

「昼休み?」


 セーフエリアでのことは誰にも知られていないはずだ。

 ならば、他に何かあったのだろうか?


「なんでも許嫁と喧嘩したらしいよ」

「……っ……!?」


 是清の反応はごく自然なものだ。


(そんなことは聞いてないな)


 今の話が本当なら舞花がセーフエリアに足を運んだのはそれが原因に思える。


「そんなことがあったのか……」


 あくまで平然を装う是清。


「許嫁でも喧嘩するだなぁって思ってさ」

「みたいだな」

「ま、お前次体育みたいだし、とりあえず行けよ」

「ああ。そうするよ」


 圭成と別れてからの是清はずっと舞花について考えていた。


(桐生と喧嘩なんて、何があったんだ? あいつほど良い男はそんなにいないから、喧嘩なんて普通はしないんじゃないか……?)


 考えても答えなど出るはずもなく、そのまま体育館に到着した。

 素早く着替えを済ませて、次の体育に備える。

 今日は体力測定を行った。

 2から5人組を作って、各自項目にあるものをこなしていく。

 だというのに是清は組む相手がいなかった。

 ではどうするのか。

 こんな時是清はいさぎよく諦める。

 紙には去年……もっと正確に言うなら一昨年の記録を書き込んでいく。


(よし、終わった)


 ちなみにまだ授業が始まって10分しか経っていない。

 あとは隅で目立たぬようにしているだけだ。隅と言っても長座体前屈を行う場所の近く。

 そこに座っているとこれが案外バレないのだ。

 自分のことを全て済ませた是清は視線をクラスメイトの少女に向ける。


(……? 普通に桐生とペア組んでるのか)


 舞花は篝と普通にペアで体力測定に臨んでいた。

 でもそれはおかしい。

 さっき圭成があの2人は喧嘩したと言っていたではないか。


(圭成の話は嘘……いや、そんなことはないはずだ)


 すぐに愚かな考えだと切り捨てる。

 圭成が是清に嘘をつくとは思えない。

 間違いを伝え聞いた可能性もあるが、許嫁なんていう目立つ人間についての情報なので、その可能性は低い。


(じゃあどうして……?)


 やっぱり考えても答えは出ないので、思考を諦めた。

 それにこう言ったら元も子もないが、是清はもう舞花と関わることはないと思っている。


(気にしても仕方ないか)


 それからはしばらく下を向いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る