第7話 偽物

 大前提として是清が知りたいのは舞花の乾き切ったあの笑顔についてだ。

 それは普通の人が見ても絶対に違和感を感じさせないだろう。だからこそ、どうしてそうなるまでに至ったのか知りたかった。


(それにあれを放っておくと寝覚めが悪くなる気がするしな)


 なんとなくそんな言い訳を自分にしておく。

 まずは本題から逸れた内容で会話をつなげる。

 これで舞花との距離が大きく縮むということはないが、やらないよりはいい。


「どうだ、ここは? 結構良い場所だと思わないか?」


 なんとか普通に喋れた。


「そうですね。静かで、何にも邪魔されない」

「そういえば、どうしてあんた……姫路は話をする気になったんだ?」


 『あんた』は失礼と思い『姫路』と言い直して、疑問を口にする。


「それは……別に逃げるほどのことでもないと思ったからです」

「そういうもんか」

「はい。それより、どうして高坂さんは私を呼び止めたのです?」


 未だに理由が分からないといった様子で首を傾げる舞花。

 たしかに世間話をするために呼び止めたわけではない。

 そろそろ本題に入ってもいい頃かもしれない。


「……姫路は転校初日からそうだけど、よく笑うよな?」

「……? ええ。それがどうかしたのですか?」


 まだ是清の言わんとしていることの分からない舞花。

 ここで余計な前置きはしない。

 一気に核心をつく。


「──どうして偽物の笑顔を作り続けるんだ?」

「……っ…………!?」


 その一言で明らかな動揺が見て取れた。

 是清は言葉を続ける。


「俺の勘違いならそれでいいんだ。でも姫路は1度も本当の意味で笑ったことがない。違うか?」


 言葉と同時に視線でもそう語りかける。


「…………………………なんで?」


 たっぷりと間を置いて、舞花が口にしたのはそんな一言だった。


「どうして…………! 今まで誰にも気づかれなかった! 気づいてくれなかった! なのに……なんでそんな確信を持った目で言えるの!? ……私はちゃんと笑顔を作れていたはずなのに!」


 声を荒げ、言葉遣いも乱暴になってきている。

 きっと図星なのだろう。

 このまま感情に走らせるのを止めるべく、抑止の声をかける。


「いったん落ち着け」

「……っ! …………ごめんなさい……」

「いや、大丈夫だ。それよりも──」


 是清が質問をぶつけるより先に舞花がそれを遮った。


「──悪いですが、きっとあなたの質問にはお答えできません。たしかに私の笑顔は心からのものではないと思います。でもあなたにその理由を打ち明けたら今までの私を否定するようですので」

「…………そうか。いや、大丈夫だ。無理強いはしない」


 ここで詮索せんさくするしないは、その人自身の性格が大きく出る。

 気の強いわけではない是清はこう言うのが精一杯だった。


「……ありがとうございます」


 それからしばらくの沈黙が訪れた。

 同じクラスのため、逃げ出すのは得策じゃないと互いに分かっている。

 このままチャイムが沈黙を破るか、是清か舞花が沈黙を破るか。それだけだ。


「なぁ姫路」


 そして沈黙を破ったのは是清だった。


「なんですか?」

「自分でも馬鹿なことを言っている自覚はあるが」


 そう前置きしてから言葉を続ける。


「──次の休日、俺と出かけないか?」


 この一言に人生で使う勇気の9割を使った気がする。


「……? あなたと……私が……ですか?」

「ああ。どうだろ──」


 ──その時チャイムが鳴るのが聞こえた。


「……予鈴ですね。行かないと」


 そう言って逃げるようにその場を立つ舞花。


「……考えておいてくれ!」


 舞花は最後まで反応を示さなかった。

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