第3話 ラブコメ主人公
まだ4月ではあるが、同時に2年生でもあるため、多くの人間は1年生の時に仲の良かった人間と継続して付き合いを続ける。中には例外もあるが。
そんな教室内の様子に関心を示すことなく、是清は自分の席につく。窓側の前から3番目。大当たりな席ではないが、少なくともハズレにはならない場所だ。
話す相手が特にいるわけではないので、ただボーッとして時を過ごす。
すると教室の中でも一際騒がしい声が是清の耳を刺激した。
「え!? お前昨日彼女の家泊まったの!?」
「そうなんだよ。なんか急に会いたくなったって言われてな」
クラスでも一際目立つグループの人間だ。あの中には陽気な人間しかいない。
事情を知らぬ是清だが、とりあえず「リア充死ね」と呟いた。
「付き合ってまだ3ヶ月でしょ。よくそんなことできたね」
「もう3ヶ月なんだよ。篝もそう思うよな?」
「どうだろう。彼女はいないからよく分からないよ」
篝と呼ばれた男子がそう答える。
彼は
つまりあのグループの中では唯一付き合ったことのない人間になる。
「もったいないよね。篝なら絶対可愛い彼女くらい簡単に出来るのに……。彼女作らないと一生独身だよ」
それは極論だ。
「まあ本人が付き合う気がないんだ。仕方ないだろ」
「そうだね。……それにしてもやっぱり篝ってすごいよね。あの桐生家に生まれて、さらに頭もよくて、運動もできて、かっこいいんだから。なんでも揃ってるじゃん」
桐生家と言えばこの辺りでは知らない人はいない。篝の祖父にあたる人物が若い頃に多くの事業を成功させ、今の地位を築いたのだという。
篝はそんな偉大な人物の孫にあたる。
ラブコメの主人公とは彼のような人間のことを言うのだろう。是清なんかはさしずめ生徒Kくらいの認識でちょうどいい。
「たまたまだよ」
「
どうしてこう高校生というのは、思いつきで言葉を発するのだろうか? と、疑問を頭に浮かべるのと同時にホームルーム開始のチャイムが鳴った。
生徒たちが一斉に自分の席に戻る。
少しして担任が教室の扉を勢いよくガラガラと開けて入って来た。それから雑に扉を閉める。
朝の出欠を取り、そのままいつも通りのホームルームに……とはならなかった。
というのも
「急ではあるが、みんなに転校生を紹介する」
彼の第1声がこれだったからだ。
教室内に騒めきが走る。
「……転校生?」
「え? そんなこと聞いてないんだけど……」
「男だといいな……」
色んな方向から各々が口にする言葉が是清の耳に届く。
そんな中特に口を開こうとはしない是清。
たかが転校生である。是清にとっては別段騒ぐことでもないからだ。
「じゃあ入って」
担任が廊下に向かって声を発する。
今扉の向こう側にその転校生とやらが立っているというわけだ。
人間1人すら通れないであろう隙間を作っている扉がゆっくりと開かれた。先ほどの担任の入り方と比べると、それが余計穏やかな行動に見える。
その人物が1歩踏み出し、クラスの全員がその姿を捉えた。
少女だ。長い漆黒の髪を微かになびかせながら、彼女が担任の隣まで足を運ぶ。
「お、おい。あの子めちゃくちゃ美人じゃね?」
「うん……すごい綺麗な人……」
誰かが小声で話している。
そんなのは気にも留めずに担任が彼女に耳打ちに近い形で何かを伝えた。
彼女がそれにうなずき、チョークを手に取ると、黒板に向かって走らせた。
おそらく名前でも書いているのだろう。
10秒と経たずに彼女がチョークを置いて振り返る。そのまま1歩横にずれると、書いていた文字があらわになった。
『姫路舞花』
どうやらこれが彼女の名前らしい。
担任が彼女に向かって自己紹介をするよう促した。
「この度音羽坂高校に転校して来た
おしとやかな声が聞こえた。
さっきまでは横顔しか見えてなかったが、今は正面からその顔が見える。
端正な顔立ちに腰まで流れる美しい漆黒の髪。綺麗な透き通る
そんな彼女には痛いほど視線が突き刺さっている。
だが美の女神でも
「家庭の事情でこの辺りに引っ越して来たばかりで、慣れないことも多いのですが、よろしくお願いします」
彼女はそう言って頭を深く下げる。
そして頭を上げ、ニコッと軽く微笑んでみせた。
「ん?」
是清はその時何か違和感を感じたのだが、すぐに気のせいだろうと決めつけた。
「えっと。じゃあ、あの席に──」
「──それと最後に1つ」
自己紹介が終わったと判断した担任が何か言いかけたが、それより少し大きな声量をもってして、舞花と名乗った少女がそれを遮った。
「なにか?」
「はい。皆様にお伝えしておきたいことがあります」
担任はもちろんのこと、生徒たちもわけが分からないという様子であった。
だがその疑問自体はすぐに解決した。
「……私はそこにいる桐生篝様の……」
一拍置いて彼女が静かに告げる。
「──
「……っ!?」
教室内のほぼ全員が言葉を詰まらせる。
無理もない。
彼女がそうなることを言ったのだから。
許嫁。つまりは婚約者。フィアンセとも言う。
要するにこのクラスの桐生篝と姫路舞花は将来の結婚することになっているのだ。
ちなみに篝はというと存外落ち着いていた。
そういえばさっき「彼女はいない」と言っていた。
このまま硬直状態に突入するかと思ったが、少女がそれを防いだ。
「あれが私の席ですね」
先ほど担任が示そうとした席を覚えていた彼女がそこに落ち着き払った様子で歩いて行く。
そっと椅子を引いてそこに座る。是清の隣の列の最後尾だ。
それを確認した担任がなんとか動揺を抑えて口を開く。
「じゃ、じゃあ今日は特に連絡事項はないので、ホームルームを終了する」
彼はそのまま急ぎ足で教室を出て行った。
今は余計な詮索はしないという意思表示だろう。
だがそれは彼の考えであって、好奇心旺盛な高校生がそんな気遣いをするはずもなく……。
「ねぇ姫路さん! ────」
少女の近くの女子が元気に彼女の名前を呼んだ。
彼女はこれから間違いなく質問攻めにされる。しかしそんなことは是清には関係ない。
代わりと言ってはなんだが、是清は篝の方に視線を向けた。
彼はそれに気づかないが、好都合だ。
是清は心の中で彼に向かって精一杯の叫びを上げる。
(なんだよお前! ふざけんな! このラブコメ主人公がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!! こっから許嫁同士のイチャラブコメディでも始める気かよッ!?!? ふざけんなッ!!)
語彙がないと言われそうだが、是清は『ふざけんな』を続けて使う。
これくらいの声量を普通に出すことは是清には難しい。
心の中だけのその叫びが誰かに聞かれることは決してなかった。
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