第3話
「……げっ」
「げって何だよ、失礼な」
文化祭二か月前。文化祭実行委員会の集会日。隣にはアイツがいた。実行委員は各クラス男女一人が選ばれる。うちのクラスは男女別々にそれぞれの委員に誰を出すかを決めたので顔合わせの日まで誰が同じ委員会か知らない。よりによってアイツと二人になるなんて。
「立候補?」
「な訳ないじゃん」
女子はなかなか決まらなかった。実行委員会は文化祭の最中も忙しく、当日に楽しめないからだ。他にやってもよさそうな子は既にほかの委員会が決まっていて、残ったのは私を含むグループが殆どだった。彼女らは文化祭が潰れるなんてことはまっぴらごめんだそうで、一向に決まりそうになく渋々名乗り出た。当日の自由時間が潰れるのは構わないが朝早く来たり無駄に暑苦しそうで嫌だったのだ。
「俺は立候補なんだけどね」
変わったやつだ。こんなもの立候補するメリットがどこのだろうか。委員会に所属するのは大学進学するなら内申点として欲しいが、そういう時は仕事の少ない保健や図書を選ぶ。裏方作業が好きなのか、アイツに対しては謎が深まるばかりだ。
担当の先生はあのハゲの田中先生だった。いろいろと話しているが、アイツがしっかり聞いてるので問題ないだろうと聞き流す。結局文化祭までの準備と後の片づけが主らしい。運営自体はほとんどが生徒会の仕事だそうだ。去年は楽しむ側だったので知らなかった。生徒会も大変だなあと他人事のように感じる。無論投票をしたので顔は知ってるが個人的な関係はほぼない。真面目な人なんだろうなという印象のみ。私とは対照的な人たちだ。
先生の話が終わると今度は各自がどこの担当になるのかを決める。聞いてなかったのでどこがどんな仕事か全然わからない。皆ぞろぞろと希望の場所に名前のマグネットを貼っていく。
「ね、どこが仕事楽そう?」
「えー、難しいな」
「じゃ合わせる、同じところに貼ってきて」
全然わからないので丸投げだ。少なくとも知ってる人がいればひとまず安心できる。アイツが同じってのも癪だが誰もいないよりかは全然マシ。後はアイツが楽そうなところに入れてくれれば一件落着。
「え、片付け? 絶対面倒くさくない?」
「そんなことないよ面白いって」
明らか面倒くさくなりそうな事になった。面白い訳がない。これじゃきっとあるであろう打ち上げにも遅刻が決定したようなものだ。後で彼女らには愚痴ついでの報告をしておこう。アイツの株がグループの中で多少下がるが知ったことではない。アイツがそんな面倒なところに決めたのが悪い。
各自の仕事が決まれば今日のところはおしまいらしい。連絡事項は追ってするらしいので特にすることもなさそうだった。アイツは現時点での仕事がないことに少々不満らしいが、私はなくてうれしい。アイツも仕事がしたいのなら生徒会に入ればいいのにと思うのだが、言わないでおく。当日までに生徒会の方の手伝いにかりだされて私一人置いてかれるなんてたまったもんじゃない。出来る事なら私はサボりたいのだ。
「うーん」
「何をずっと悩んでるのよ」
「いやー、思ったよりお仕事が少なそうだなあってね」
「いいじゃん別に、なんでそんなにやりたがるのよ」
「セイシュンだよー」
また出た『セイシュン』。この基準がさっぱりわからない。そもそも彼女らのセイシュンとの行為とかけ離れすぎているのだ。映える写真を撮ってインスタにあげて、コウコウセイとしてのブランドを十二分に使って遊ぶことがセイシュンなんじゃないのか。
「またーそんな難しい顔しないでよ」
「セイシュンってなによ」
「ほらさーもっと身近にあるんだよセイシュンって」
本当によくわからないやつだ。この不思議具合が同性に好かれるのかと首をかしげたくなる。
「ほら今だってセイシュンじゃん?」
今? 男女で一緒に帰るこの行為のことを指してるのなら言語道断、あり得ない。アイツを異性としてみなしてなんかいないし、別にオトコには目下困っていない。ついでに言うと、アイツから好意のようなものは感じてない。
「わかってないねー、それじゃ華のジョシコウコウセイ終わっちゃうよ」
あ、来た。華のジョシコウコウセイ。義務感のようなこの単語。楽しくセイシュンとやらを過ごさなければという使命感。心にシャッターを下ろす。そこそこに楽しめればいいじゃないか。別に楽しくないわけではない。並に楽しんでいることには楽しんでいるのだ。
んじゃ、とアイツは電車に乗り込む。シューという音と共に発車する。私は反対側の列に並んでスマホを出す。インスタを開き、今日の投稿を見る。通信状態が悪かったらしく一瞬スマホの画面が黒くなる。そこに写った私の表情は何とも言えない表情で、ジョシコウコウセイらしく顔を作り直す。アイツが何と言おうと私は立派なジョシコウコウセイだ。ずれてるのはアイツであって私じゃない。
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