第2話

「おっはよ~課題終わった~?」

「終わってる、見る?」

「やりぃ! 見せて~」


 朝はギリギリにつく。10分前くらい。そのぐらいになるとほとんどの生徒は来ていて廊下も教室も騒がしい。進級してから二日目とはいえ昨日の時点で自己紹介は済んでるし、他クラスに入るのに抵抗がない分よりうるさい。人口密度は高く、紺と黒の集団は否が応でも暑苦しさを感じる。


「おはよ、そのヘアピン可愛いね」

「誕プレ、おねぇから貰った。てか1組でしょ」

「いいじゃん~、誕生日いつだったの?」

「昨日~」

「嘘ぉまじ? おめっと~来年誕プレあげるわ!」


 周りの人たちも口々に祝ってくれる。適当にありがと~なんて言って過ごす。どうせ来年には忘れてるのだろうが社交辞令だ、ありがたく頂戴しておく。ぼちぼち先生がやってくる時間になると各々がいるべき場所に戻る。それでも教室は静まらない。今年の自分の立ち位置を探っている。今年もそこそこの位置につけるかなと画策し、明らかその選択をミスったであろうあの子を心の中で憐れむ。

 ふと昨日のアイツを探すと、アイツはアイツで巧くやってるようだ、去年から上の方にいたやつらとつるんでいる。アイツも友達いたんだ、と考えを改める。アイツの表情はあの優し気な笑顔で胡散臭さは感じるが、楽しそうではあった。その本気で楽しそうな顔をみると若干の嫉妬心を抱く。


「ね~聞いてよ~」

「うわっ暑苦しいな、なにさ」


 近くにいた友人に抱きつく。シャンプーの香りがその子の印象とはまた違った大人っぽい香りだった。彼女らの色んな匂いとで酔いそうになる。桃色、臙脂、紫、紺、そして化粧。そんなもんかと思い、いつも通りの会話。


「ほら~席につけ~」


 ぞろぞろと席に戻る。廊下からも人は居なくなり紺と黒の集団が規則正しく座る。さっきの声は聞こえていたのかとアイツの方をみると、向こうも丁度こちらを見ていて目で前を向けと言われた。口端はいつもの微笑で。


 もう今日から授業が始まる。身体測定やらなんやらもあるはずだが、今日は何もないらしい。初っ端から新しい科目である化学に口々に文句を言いながら移動教室に向かう。私もさっきのグループの後ろで適当にスマホをいじりながらついていく。化学は嫌いじゃない。彼女らは化学の先生がハゲの田中かおばさん先生かを予想している。私はハゲの田中のほうがいいなと言うと大ブーイングを食らった。

 廊下の窓は空いていてまだ少し肌寒い。明日はカーデガンを着てこようかと迷う。これから夏になるのだが、真夏の冷房ときたらこっちを凍らす勢いできてるから、真冬より着込む羽目になる。教室につくともう担当の先生は黒板前で仁王立ちでいた。その先生は私の期待をことごとく裏切っていくようで、おばさん先生は化学室の窓を全開にしていた。

 化学の授業は予想より面白く今年は去年の化学基礎よりマシな成績をとれるかな、なんて期待を持った。その後の数学も英語も世界史も特に何があるわけでもなく過ぎる。英語は去年と変わらずちんぷんかんぷんだし、数学の石橋はぼそぼそ話してて聞き取りにくい。世界史の先生は面白いけど脱線しすぎてほとんど進まない。新しい学年になるだけなのでそんなに期待をしていたわけではないが、本当に何も変わらなくて拍子抜けする。変わったのは部屋と、ご飯を一緒に食べて一緒に教室を移動する顔ぶれのみ。




 昨日の言葉を反芻する。セイシュンしてる。セイシュン……。昨日の夜久々に辞書を開いて調べた。夢や希望に満ち活力のみなぎる若い時代を、人生の春にたとえたもの。考えても仕方のないことだと思いつつ頭にこびりついて離れない。


「ね~はやく帰ろーよ」

「あ、ごめんごめん」


 半日授業の今日、部活のないものはもう帰宅時間だ。この後サイゼリヤに寄って昼食をとる。いくら学生に優しいレストランとは言え、昨日カラオケに行った身としては少々堪える。バイトをすることを母親相手にどう交渉するかを考えながら談笑するアイツの横をなにもなく通り過ぎる。

 私とアイツの関係なんてそれくらいだった。それ以上でもそれ以下でもない。あの始業式の日にたまたまポーチを忘れた故にトクベツな関係になっただけ。アイツの不思議な価値観に私が振り回されるだけ。私もアイツも変わらず今年一年を過ごすのだ。

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