閑話 草薙つむりは取材がしたい

100.【閑話】謎朱鷺 - ナゾトキ - その1


 本編再開前に閑話を数話入れたいと思います

 こちらの閑話は三人称となっております


 また第99話【幕間】は、ナゾトキ編のうしろに移動しております


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【Extra:Third Person】



「そう言えば、草薙先生ってナゾトキって知ってます?」

 

 府中野こうや駅の改札を出てすぐのところにあるカフェで次の本の打ち合わせ中の雑談で、そんな話題が出た。


 担当の顔を見ながらコーヒーを啜って、作家――草薙つむりはうなずく。


「そりゃあ知ってますよ。なんか妙に流行ってるじゃないですか、最近」


 答えてから、つむりは僅かに眉をひそめる。


「ナゾトキの絡んだ新作の要望だったりします?

 さすがにちょっと考えさせてもらいますよ? あれは解くのも大変ですけど、作る方も大変なんですから。何せクイズ作家さんたちが頭を捻って作り出してるワケですしね」


 つむりの言葉に、担当は慌ててそれを否定した。


「違います違います。そりゃあ新作でそういうのやってくれたらうれしいですけど、マジでただの雑談ですって」

「求めてはいるんだ」

「求めてはいますね。その場合、欲しいのはラノベよりも児童文学寄りの物語ですけど」

「そりゃあリクエストに答えるのは難しいっスね」

「そうですか? 草薙先生は結構イケると思うんですけど」

「そう? なら検討くらいはしてみるか……」


 この担当――六綿ロクワタ 灼啓シャッケイは、つむりのデビュー作を担当してくれて以降も、何冊か担当してくれている人だ。


 そんな彼が言うなら、挑戦してみてもよいかもしれない。


 それはそれとして――


「それで?」

「え?」


 ――肝心の雑談が始まってないのに、呆けた顔をされても困る。


「ナゾトキですよナゾトキ。

 知ってるかどうか確認した上で雑談をしようとしてたんですから、なんかネタがあるんですよね?」

「ああ! そうそう! 草薙先生ってホラーとか書かないわりには、怪異とか怪奇現象とかすごい好きじゃないですか。それでちょっと一つネタがありまして」

「いいですねぇ……どんなネタです?」


 可能なら取材に行きたいところだ。


「ナゾトキっていう鳥の噂がね、あるんですよ。うちの娘の小学校だと結構流行ってるみたいで」

「そりゃまた現代に降って湧いたみたいなフォークロアじゃないですか」


 呆れたようなことを言いながらも、つむりは少し前のめりになっている。興味のある証拠だ。


「実は結構前からいる鳥らしいんですけどね。昔は謎々鳥ナゾナゾドリとか呼ばれてたそうですし」

「それが今はナゾトキって呼ばれてるの面白いですね」

「ですよね。何でも見た目がトキに似てるそうでいつからかそう呼ばれ出したようなんですけど」

「天然記念物に似てるってそれだけでちょっとした騒ぎになりそうなのに、騒ぎになってないのがいかにもって感じっスね」

「あはははは。それでまぁこの鳥なんですけど、出会うと名前の通り難しいナゾナゾやクイズを出題してくるらしいんですよ」

「そこはまぁ予想通りですね」


 ただフォークロアだの怪異だのという扱いである以上は、ただ問題を出すだけの鳥であるはずがないだろう。


「そこでクイズに間違えると、色々と奪われるそうなんですよね。

 お小遣いとか、コンビニで買ったばかりのお菓子とか」

「そりゃあ小学生の噂になるような怪異だから可愛いですね」

「ですよね!」


 そこで、ふと疑問が湧いた。


「まぁそこで答えずに無視してしまえば、なにも奪われずに済むようですけど」

「へー……それはなかなか……」


 回避手段があるというのは面白い。


 口裂け女に対するポマードやべっこう飴のような、退治方法や回避方法が身近にあるというのは、人の好奇心を強める効果がある。


 ようするに回避手段を知っているから会っても大丈夫。だからこそ会ってみたい。


 そう考え、実在を望むモノが増えれば、人々の認識や認知によって本物の怪異へと至ることもあるだろう。


「でもそれ、八尺様みたいなコトにはならないんですか?」

「魅入られたら付きまとわれる的な?」

「そうそう」

「んー……子供からそういうのは聞いたコトないですね」

「まぁ、小遣いやお菓子を奪う程度の悪さしかしないなら、怖くはないか」


 存在そのものが、児童文学向けのナゾトキ小説にでも出てきそうな怪異だ。


「ただ最近目撃情報というか、お菓子やお小遣いを取られたっていう噂が増えているようで、親としては不安はあるんですけど」

「そりゃあ確かに。子供からお菓子を取り上げる不審者がいるってコトですもんね」

「そうなんですよ」


 言いながら、つむりの中で好奇心が膨らんでいた。

 最初は可愛らしい怪異だと思っていたのだが、最近になって被害の噂が増えているというのが気になる。


 怪異にかこつけて悪さをしている大人がいるなら、それはそれで面白い。


 逆に本当に怪異がいるなら、会ってみたくもある。


「ところで、娘さんってどこの小学校に通ってるんです?」

「……草薙先生、調べる気まんまんですか?」

「そりゃあもちろん。私の好奇心に火がつくの分かってて話してくれたんでしょう?」


 そう言って温くなったコーヒーを啜ってシニカルに笑う。


 そんなワケで、草薙つむりの次の取材先が決まったのだった。



  ・

  ・

  ・


 数日後――


「――という経緯で、取材に来たワケだ」


 大栗摩川公園という名前の公園のベンチに腰をかけ、事情を説明しおえた草薙つむり。


 そこ横にいるスポーティな雰囲気の少女は、困ったような笑顔を浮かべている。


「事情は分かりましたけど、私を呼ぶ理由ありました?」

「そりゃあ、対怪異、都市伝説への特効能力を持った都市伝説の化身がいれば安全だし?」

依愛ヨリアがいないから、すぐには変身できないですよ?」


 少女の名前は槍居ヤリイ 依斗ヨリト

 草薙つむりに、半ば無理矢理つれて来られた少女である。


 とある事件で名前だけは知っていたのだが、後日改めて、知り合い経由で紹介してもらって顔を合わせた。


 ある意味で、何かあった時の予防策そのものである少女だ。


「まぁ府中野こうや駅からなら、隣に三つ程度の場所だし、すぐ来れるだろ」

依愛ヨリアが来るコト前提な時点で保険としてはだいぶぐだぐだでは?」

「そこはそれだ。何か発生したら臨機応変に乗り切ろうぜ」

「やっぱ私を呼ぶ理由なかったんじゃないですかね?」


 呆れたような諦めたような顔で、依斗は息を吐く。


「それで、これからどうするんですか?」

「ん? ここで待機」

「そうなんですか?」

「ここ、栗摩第一小学校の通学路なんだってさ。

 あそこの高架下の道が、すぐそこにある歩道橋を上るよりも安全だからちびっこたちがみんな利用してるらしい」


 つむりが示す方向へ依斗が視線を向けると、そこには確かに大通りの下に潜っていくような道があった。


 公園の遊具があるエリアから伸びる階段で下に降りると、その大通りの下を潜る道へと合流するようだ。


 そのまま視線を上に向けると、車が結構通っている大通りがある。

 歩道橋があるので、あれを使っても道路の反対側にはいけるようだ。だが歩道も歩道橋も道が狭そうだ。


「上の道、もしかしなくてもかなり狭くないですか?」

「車道は広いけど、歩道がな。だもんで集団下校みたいなのすると、ガキが道を埋めちまうんだろうさ。だから、こっち方面に帰る場合は公園内の高架下を通るのが推奨されるんだろうな」


 あるいは、だからこそ道路の下を通るトンネルのようなものが、後から公園内に作られたのかもしれない。


「それで、先生はここで待機して何をするんですか?」

「適当に下校中のガキ捕まえて噂を聞く」

「不審者扱いされますよ、それ」

「え? マジか」

「マジマジ」


 くわえタバコに、よれたトレーナー、そこにダメージジーンズという格好の上に、前を留めないダッフルコートという格好はだいぶ怪しい。


「お菓子あげるから話を聞かせて……みたいのもダメか?」

「不審者レベルあがりますよ、それ」

「え? マ?」

「マ、マ」


 頭が良くて色んなことを知っている割には変なところ無頓着だな――と、脳裏によぎった言葉を飲み込んで、依斗は何度もうなずく。


「知らない人にお菓子貰ったり付いていったりしちゃダメって、言われたコトありません?」

「ねーな。そんな優しいコトを教えてくれる父親じゃなかったしな」

「急に闇を感じる過去出すやめてくれませんかね。反応に困ります」

「そんな闇かぁ?」


 本人が無自覚なあたりが、闇っぽさを増してます――と、口にするのも失礼な気がするので、依斗はそれを飲み込んで苦笑するにとどめた。


 そんなやりとりをしていると、まばらに小学生の――低学年くらいの子供たちの姿が見え始める。


「おとなだ! おとなの人がいる!」

「あのひとたちのところいこう!」


 そのうちの何人か、こちらの姿を見ると指さした。そのまま階段を駆け上がって、座っているベンチのところまで走ってくる。


「あ、あの!」

「ん? どうした?」

「おんなのひとが、トンネルの中でねむってて、えっと……」

「ちがうよおんなのこだよ!」

「ねてるんじゃなくてたおれてるんじゃなかった?」

「きゅーきゅーしゃよんでください!」


 口々に発せられる子供たちの言葉に、つむりと依斗は顔を見合わせると立ち上がった。


「案内しろ!」

「急いで!」


 子供たちに案内されるままに、二人は公園のトンネルの中へと踏み込んでいく。


 すると、トンネルのちょうど中間くらいのところで、女性が一人倒れている。


「……コスプレ?」


 依斗がそう言うのも仕方がない。

 倒れている女性の年齢は二十歳は過ぎている。


 かなりの美人なのに、サイズの合わない子供服に、黄色い帽子をかぶっている。


「二年三組。ろくわた、ほむら……」


 胸元に付いている名札を読み上げ、そこでつむりの表情が変わった。


「ろくわたほむら……六綿だってッ!? この子ッ、六綿さんところの娘さんかッ!?」

「え? 先生の知り合いなんですか?」


 驚いていると、周囲にいる子供たちもざわざわしはじめる。


「え? ほむらちゃんなの?」

「やっぱりほむらちゃんだった!」

「あれ? ろくわたさんっておれとおなじクラスの? こんなおとなじゃないよ?」


 そんな中、何かに気づいた依斗が立ち上がった。


「どうした?」

「先生……たぶんあれ、取材対象じゃないですか?」


 つむりは、依斗が示す方向へと視線を向ける。

 依斗の手には、玩具のベルトのバックルのようなモノが、いつの間にか握られていた。


 それだけ警戒しているのだろう。


 視線の先。

 トンネルの中にも流れている小さな川。


 その反対岸に、まさに朱鷺色をした大きな鳥が佇み、こちらを見ている。


 黄色いトサカを持っていて、それはまるで?マークを思わせる。


「…………」


 その鳥は、明らかにこちらに興味を持ってて、見つめてきているかのようだった。


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