101.【閑話】謎朱鷺 - ナゾトキ - その2


 ジャンプでギリギリ飛び越せそうな幅の川。

 その向こう側にいる大型のトキを思わせる鳥。


「あれ? おおきいトリだー!」

「あたまとおなかにハテナマークついてる!」


 騒ぎ出す小学生たちに、つむりは胸中で舌打ちしたくなる。


(いや、おちつけ。まずは状況を整理だ。あのトリが動かないなら、思考をする時間になる)


 軽く深呼吸をして、ほむらを見る。

 意識を失っているだけで、命に別状はなさそうだ。


 そして、服装を見るに、何らかの要因によって大人の身体になってしまっているのだろう。


「君たち少し静かにして。あれはきっとナゾトキだ。変なコトを言って間違い扱いされると、何か取られちゃうんでしょ?」


 つむりが倒れているほむらに対して診察のようなことをし始めたのに気づいた依斗は、小学生たちに話しかける。


「ナゾトキ!?」

「ほんとに!?」

「みんな、しー!」


 小学生たちは口々に騒ぎながら、両手で自分の口を塞いだりしていく。


「…………」


 すぐに黙ってくれた小学生たちに安堵しつつ、依斗はナゾトキらしきトリを見る。


 考え込んでいるつむりを、横目にしばしにらみ合い――


『ト~~~~~キトキトキトキトキッ!!』

「「トキはそんな鳴き方しねーよッ!!」」


 ――突然、声を上げたナゾトキに対して、つむりと依斗は同時にツッコミを入れた。


「鳴き方はともかく――気をつけてよ依斗ちゃん。たぶん、ほむらちゃんは何かを奪われた結果、大人の姿になったんだろうから」

「奪われて、大きく?」

「時間とか人生とか寿命とか、そういうのじゃねーの」


 依斗が首を傾げたのに気づいて、つむりが補足する。

 その内容は少しばかりシャレになっていない。


「お小遣いとかお菓子じゃなかったんですか?」

「奪うっていう点においちゃ同じだろ。どうしてこの子だけ、こんなに重いモンを奪われたのかは……考える材料が足りてないけどな」


 この場にいるのが倒れているほむらだけだったなら、とっとと担ぎ上げて逃げ出した上で、救急車を呼べば良かったのだが――


(一緒にいるガキどもが多すぎる。放置して離脱したら、こいつらまで重いモン奪われる可能性があるかんなぁ……)


 無視すれば問題ないとはいえ、好奇心というのは強いチカラであり、行動するための原動力だ。


 そして、小学生の――それも低学年のそれは、大人であるつむりが抱えるソレとは比べものにならないほどに大きい。


(あたしはナゾトキは無視して逃げればいいと知っているし、知っている上で、逃げるを選択できる! だけど、ガキどもは知ってても、逃げるを選択せず、好奇心だけで突っ込む可能性が大いにありうる!)


 でんでん虫のマイマイ・想い出研究室メモリーズの赤インクで思考の校正をしようかと考えたが、あれは複数の対象を同時に取ることができない。

 一人一人にいちいち赤を入れていくには、時間がかかりすぎる。 


『ナゾトキ!!』


 甲高い電子音のような声が響く。


「ナゾトキに出会ったら無視する! わかってるよな!」

「しってるー!」

「うん!」

「はーい!」


 子供たちが一斉にうなずくのを、ヨシと内心で小さくガッツポーズしながら、つむりはトンネルの外を指す。


「公園の方へ出るぞ」

「あいつのクイズに答えちゃダメだからね!」


 ほむらを抱き上げて、つむりは立ち上がり、依斗は子供たちを先導するように動き出した。


『問題! ロウソクにあって、蛍光灯にない!』


 クイズが始まってしまったことに舌打ちしつつ、つむりと依斗は子供たちと共にトンネルの外を目指す。


『リンゴにあって、イチゴにない』


 公園へと移動しようとする中、女の子がナゾトキの方へと振り向く。


『エンピツにあって、クレヨンにない』


 まずいと、つむりが思ったとき、男の子が一人その子の肩を叩いて、人差し指を口元に当て「しー」と示す。

 それに、女の子はうなずくと、男の子と歩調を合わせて、依斗を追いかけた。


 ホッと安堵の息を吐く。


『この分類のトキ、【身体】はどうだ? アル? ナイ?』


 そして、出題が完了した。

 この手の怪異のルールを思うと、ここから先の行動そのものが解答扱いされる恐れがある。


 誰も余計なことを口にするなよ――と思いながら、何とか全員でトンネルを出た時だ。


「答えはナイだ! 違う?」


 トンネルの中から声が聞こえてきて、つむりと依斗は思わず振り返る。


(あれは……あたしらと一緒にいたガキじゃあない! それは全員いる! っていうかそうだよな! ここ通学路だもんな!)


 トンネルの向こう側。

 つまりは、学校の方から、別の子供の集団がトンネルの中に入ってきたのだろう。


『ハズレ! ここからはウバウトキー!!』

「あ! リッチーマウスのエンピツ! 誕生日にママからもらったの! ダメ!!」


 ランドセルの中からエンピツが勝手に飛び出して、ナゾトキの元へと向かっていく。


 ナゾトキは――


『ト~~~~キトキトキトキッ!!』


 ――満足そうにそう鳴くと、エンピツをくわえて飛び去っていった。


(ほむらちゃんの件が無ければ可愛い怪異だと思っていたが、これやばいぞ。ほむらちゃんの状態関係なく、かなりやばい怪異だ)


 トンネルの中から聞こえてくる小学生の泣き声。


 間違えたら『奪われる』のだ。

 お小遣いやお菓子のような小さなモノがどうとかではない。


 それが、ルールなのだ。

 クイズに『間違えた時』、何かを『絶対に奪われる』。


 なにせ、ランドセルの中にあったエンピツが奪われたのだ。

 ランドセルや筆箱という障害物を無視して、どこからともなく外へとエンピツが飛び出してきたのを見れば、『奪われる』のは防げないのだと理解ができる。


「依斗」

「うん。ちょっと泣いてる子を見てくる」

「気をつけろ。ルール遵守系の怪異は、ルールがある限り無敵だ。

 倒すならルールの上でか、ルールの影響を受けない外側から攻撃する必要がある」

「……仮にナゾトキが戻ってきても、迂闊に手を出すなってコト?」

「ああ。実際対面してわかった。だいぶシャレにならないかもしれない」

「OK。先生がそこまで言うなら、肝に銘じておきます」


 そうして、トンネルの中の子は依斗に任せて、つむりは歩き出す。


「おねーさんも先生なの?」

「学校の先生でも、医者でもないけど、そう呼ばれるコトは多いな」

「へー!」

「何先生っていうの?」

「草薙つむり」

「くさなぎせんせー!」

「つむりせんせーの方がかわいくない?」


 やいのやいのと騒ぐ子供たちと一緒に、階段を上って、つむりと依斗が座っていたベンチまで戻ってくる。


 ベンチにほむらを下ろすと、つむりはスマホを取り出した。


「救急車呼ぶから静かにしててな?」

「はーい」


 元気よく返事をする子供たちに苦笑しながら、つむりは救急へと電話をかける。


「場所は……えーっと……なぁ、ここって何公園だっけ?」

「おおくりまがわこーえん!」

「さんきゅー! 大栗摩川公園です」


 自信満々に教えてくれる子供にお礼を言いつつ、救急電話の相手へと答える。


 それが終わったあと、スマホを操作してチャットアプリのLinkerリンカーを呼び出す。


「もう一つ電話するから静かにしててな?」

「はーい!」


 担当の六綿ロクワタ灼啓シャッケイのIDを呼び出すと、メッセージではなく、通話モードでコールした。


《もしもし? 珍しいですね、草薙先生が電話してくるの》

「悪いんですけどちょいと緊急で確認したいコトがあったので」

《どうしました?》


 つむりのシリアスな声に、灼啓も真面目な声に変わる。


「栗摩第一小学校のろくわた ほむらって六綿さんの子供であってる?」

《え、ええ……帆紫ホムラは、確かに娘ですけど……》

「倒れてるのを保護して救急車を呼びました」

《え!? どういうコトです!? 帆紫に何があったんですか!?》

「何かあったのかはわかんないんですけど、たぶんナゾトキです。アレに……意識を奪われたんじゃねーかな、と」


 時間や人生という答えを口にしづらく、誤魔化すような言い方をしてしまった。


《ナゾトキって本当にそんなのが?》

「間違いないです。帆紫ちゃんを保護したあとにナゾトキと出会いましたし、ナゾトキのクイズを間違えた結果、大事にしているエンピツを奪われる子も見ました」

《……そうですよ、奪うっていってもその程度じゃ……》

「その問答はあとにしましょう。推測や考察はいくらでも語れますが、まずは帆紫ちゃんのコトです」


 そもそも、その推察や考察を語り合うなら、灼啓よりも依斗の方がよい。

 そうでなくとも、知恵を借りるなら、もっと相応しい相手はいる。


 灼啓からしてみれば、焦燥感を誤魔化すように話をしたいのかもしれないが、現場にいるつむりからすれば、付き合ってはいられないのだ。


「ざっと見た限りは命に別状はありません。意識はありませんが息はしてますし」

《そ、そうですか……》

「そうはいってもあたしの素人判断の時点でって話ですので。

 詳しいことは、救急車が来てからになると思いますけど……ただ、怪異が関わっているのでただの意識不明ではないかもですが」

《それってどういう……》

「気が気じゃないかもですけど、しっかりしてくださいよ」


 他人事のような言い方になってしまうが、それ以外に言えることはない。


「おっと、救急車のサイレンが聞こえてきたんで一度切ります。搬送先の病院がわかったらLinkerリンカーにメッセージを入れておきますので」


 実際にはまだ聞こえてないのだが、話を切り上げる為に、そう告げる。


《……わかりました。お願いします。妻には私から伝えておきます》

「そうしてください。では」

《あ、ああ。はい。帆紫をお願いします》


 通話が切れて、つむりはスマホをポケットに戻す。

 すると、不安そうな顔で子供たちがつむりを見上げている。


「ほむらちゃんだいじょうぶなの?」

「どうしておとなになっちゃったの?」


 それに何と答えるべきかと悩み、つむりは素直に伝えることにした。


「帆紫ちゃんは、ナゾトキのクイズに間違えて……『子供である時間』を奪われたんだ」


 確証はないが、子供たちを脅す意味でも、推察を大袈裟に語っておくべきだろう。


「クイズにまちがえるとおとなになれるの?」

「違う。帆紫ちゃんは大人になったんじゃない。時間を奪われ無理矢理に大人にされたんだ。

 子供としての楽しい時間も、つらい時間も、勉強する時間も、そういうのを全部な奪われた」

「どういうコト?」


 理解してくれないもどかしさを覚えつつも、どうすれば理解してもらえるかを考える。


(あるいは――理解できなくても、ちゃんと話をするべきか)


 わずかな逡巡をし、例え理解できなくてもしっかりと話すべきだろうと、つむりは口を開く。


「いいか。子供から大人になっていくっていうのはすぐに出来るモンじゃないんだ。十年。二十年と時間がかかる。

 大人になっていくその十年や二十年の途中で、学校に通ったり、友達ができたり、友達とケンカしたり、勉強したり、遊びにいったり……そういうのを色々とやりながら、ゆっくりと大人になるための大事なモノを探すんだよ。

 そして、ある日、急に大人になる為の大事なモノが見つかって『ああ、自分は大人になったんだな』って思う日がくる。

 だけど帆紫ちゃんは、子供であるコトを奪われた。大人になる為の大事なモノは見つかってないけど、無理矢理に大人にされたんだ。そして大事なモノはもう探せない。

 どうやって大人になったのか分からないまま大人として生きていく。だからもう学校にはいけないし、仕事を探さないといけないのかもしれない」


 完全に理解できているワケではないだろう。

 だけど、子供たちは真剣な顔をして聞いてくれている。


「だから、ナゾトキと遭遇したら絶対に逃げろ。答えるな。

 クイズが難しいとか簡単だとかは関係ない。

 今回、帆紫ちゃんは『子供としての時間』を奪われたけど、ほかのモノを奪われるコトだってありえるんだ。

 お母さんやお父さんを奪われたり、お兄ちゃんや弟、ペットのワンコやニャンコを奪われるコトだってあるかもしれないぞ」

「そんなのヤだ!」

「ぜったいダメ!」

「なら、あたしの言ったコトを守れるよな?」

「ナゾトキにあったらにげる!」

「ナゾトキのクイズにはこたえない!」

「わかってもわからなくてもだまってとおりすぎる!」

「よーし、いい子たちだ」


 ナゾトキが認知や認識、噂などの影響を受ける怪異だった場合、結果としてナゾトキの能力強化に繋がってしまうかもしれない。

 それでも、つむりは子供たちの為に、これを口にして脅さないとと思ったのだ。


「先生」

「依斗か。泣いてた子は?」

「とりあえず大丈夫です。ほかの子たちにも、大事なモノがとられたくなかったらナゾトキは無視するように言いました」

「聞き分けてくれりゃあいいんだけどな」


 判断力の低い子供をターゲットにする怪異。

 なんともやりづらい存在である。


「よし、お前ら解散だ。ちゃんと帰るように。

 帆紫ちゃんは、あたしとこっちのお姉ちゃんで病院に連れていくからな」

「気をつけて帰るんだよ。途中でナゾトキに会っても……」

「だまってる!」

「こたえない!」

「むしするー!」

「うん。みんないい子だね。ちゃんと分かってて偉いぞー」


 そうして子供たちは、「くさなぎせんせー、おねーさん! ばいばーい!」と口々に言いながら遠ざかっていく。


 それを見送ってから、つむりは盛大に息を吐いた。


「とりあえず帆紫ちゃん以外に大きい被害は無くてよかったと言うべきか……」

「でも、無視するワケにはいきませんよね?」

「ああ。放置しとくと帆紫ちゃんみたいな子も増えそうだしな。

 奪われるモノによっては死人もでる。ガキが泣いたり死んだりするのは少しばかり気分が悪い」


 ギリリと歯ぎしりすると、くわえたままになっていたタバコがちぎれる。


「うえ、口の中に……」

「何やってるんですか……」


 ぺっぺ……と、口の中のモノを吐き出しているうちに、今度は本当に救急車の音が近づいてくるのだった。


 

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