97.断禍の意志、それと――


【View ; Syuko】


 さて、土日の連休が開けた月曜日。


 私は登校してきています。

 いつも通り下駄箱で履き替えて、いつも通り三階にある自分のクラスへと向かいます。


 ――学校の空気そのものは、完全には解消されていませんね。


 織川先生が逮捕されたとはいえ、能力による洗脳ではなく、洗脳されていた人が作り出していた流行や空気感そのものはすぐに消えるモノではないのでしょう。


 その為、洗脳されていた人は完全に正気に戻ったことで、自分のしていたことに疑問と混乱を抱いているようです。ですが、そうでない人たちはまだ織川先生の作り出した空気に当てられたままです。


 そこのギャップで余計に、洗脳されていた人たちが苦しんでいるようですが、そこまではもうどうにもなりません。

 一人一人ケアをするのも私には難しいこと。この辺りは学校や学校が雇っているカウンセラーの人たちにお任せしましょう。


 それはそれとして……です。

 ……学校全体の空気は、未だに私に優しくないワケなんですが。


 ガラガラと音を立てて教室の戸を開けると、教室にいた人たちの視線が一斉にこちらに向きます。


 ううっ……一瞬にして登校してきたことを後悔しそうになりました。


 でも――おや?

 直後に、半数くらいは視線を逸らしましたね。

 それも見る価値もない……みたいのではなくて、申し訳ないようなどうして良いか分からないような……そういう逸らし方のような気がします。


 ともあれ、自分の机に荷物を置いて、教室を軽く見回します。

 すると、黒板に先生が慌てて書いただろう連絡が、大きく書かれていました。


《緊急の全校朝礼をします。八時二十分までに体育館へ集合すること》


 教室にいても針のむしろのような気分なので、とっとと移動してしまいましょうか。


 ……そういえば、華燐さんの姿がありませんね? まだ登校してきてないんでしょうか?




 緊急の全校朝礼とは何だったのかといえば、織川先生のことでした。

 まぁ予想通りと言えば予想通りですが。


 校長先生が舞台に立って、まずは織川先生が逮捕されたことを口にします。


「えー!? イケメン先生いなくなっちゃったの?」

「っていうか逮捕?」

「なんで逮捕されたんだろ?」


 当然、ザワつきますよね。


「逮捕の理由は、女性へ合意なしに手を出したコト。

 それを見咎めた男子生徒への暴行と、証拠隠滅の為に家庭科調理室に火を付けたコトです」


 ……校長先生、罪状どころか内容までしっかりと口にしましたね。これはかなり意外です。


「また、彼は教師になる前から詐欺なども行っていたようで、余罪もいくつか出てきたようです」


 ザワつきが収まりました。むしろどん引きしているようにも思えます。


「さらに、彼は心理学を利用した喋り方や身振り手振りなどで、生徒の思考を誘導したり、洗脳紛いのことをして、織川先生の言うコトを都合良く聞き入れてくれる女子生徒を作り出していたそうです。

 余罪として出てきた詐欺なども、そのテクニックを使っていたそうですよ」


 続けてそんな説明もされました。

 まぁ開拓能力を伏せて報告するとなるとそうなりますが……本当に包み隠さず表に出しますね、校長先生。


「そして、その思考誘導などによって、自分が気にくわない教師や生徒をいじめて良いような空気感を作り出していたそうです」


 その部分は伏せても良さげな情報ですが、オープンするのですね。

 

「特に、織川先生はイケメンだったのに勿体ない――というようなコトを考えている生徒は気をつけてください。特に女子の諸君。

 女性への影響が強いテクニックだったそうですからね。彼と仲良くなろうと近づいていた生徒も同様です。無意識に心理誘導を受け、無自覚にイジメの主犯を担っていた可能性があります」


 なんとも直球で口にしてきましたね、校長先生。

 伏せる気はないのでしょうか?


「そんな事情から、当校では非常勤のスクールカウンセラーを増やす方針です。

 織川先生の心理誘導テクニックの影響で、心身が不安定になっている人、あるいは不安を感じている生徒などは利用してください。相談するコトは恥でもなければ、イケナイコトでもありません」


 再びザワつき出しましたが、それは先ほどまでのザワつきとは異なります。恐らくは、無意識に誰かをイジメていたかもしれないという言葉に対する、罪悪感によるものでしょうか。


「みなさん。私は大変怒っています」


 マイクが拾ってなおも、あまり大きくない声。

 だけど、校長先生のその言葉に、生徒たちは静まりました。


「洗脳じみた心理誘導テクニック――というと言葉は悪いです。印象もよくありません。

 ですが、その才能をもっと別のコトに生かしていたならば……と思わずにはいられません」


 それは確かに思いますね。

 非常にいやらしい――何重もの意味でいやらしい能力でしたが、それも使い方次第だったと思います。


「それこそ精神医療やカウンセリングなどに使えば、人を陥れるのではなく人を救う方向で使えたはずの才能です。

 それをよりによって……教師として、本来は守り育て導くべき生徒たちを利用し、陥れる為に用いるなど、言語道断の所業です」


 校長先生、熱いですね。


「今回の一件で、市長や教育委員会からも『生徒たちへの負担を減らすようにして欲しい』と言われました。

 だから私は逮捕の一報を受けてからずっと考えました。その結果として、本来は伏せておくべき情報も公開するべきだと、この場でオープンしたのです」


 そこから続く校長先生の説明に、私は思わず納得しました。


 何で逮捕されたのかを伏せると、思考誘導の残滓なども含めて大変な混乱と、かえってイジメを助長しかねないと考えた為の公表だそうです。

 オープンにしたことで、奇妙な言動や行動、イジメを誘発するような動きを生徒同士でも未然に防げるだろうと――そういう考えなのだとか。


 これは織川先生の残滓だけでなく、将来的なイジメも同時に潰していこうという意図もありそうですね。


「最近は、眠っていた才能が前触れもなく突然目覚めるケースが増えているという噂も聞き及んでいます。

 もしそういう生徒がいるようなら――それを持て余し、織川先生のような使い方をしてしまうくらいなら、まずは相談してください。

 友達よりも、信用できる大人が良いでしょう。せっかくの才能です。正しい使い方を見つけてくれるコトを願います」


 ……これは、校長先生も開拓能力のことを知っている……のでしょうか?


 正史ゲームでは校長先生の出番はほとんどありませんでしたからね。そうだったとしても、私に情報はありません。


 あるいは、誰かから聞いた?

 ――可能性があるとすれば、市長でしょうか?


 市長は正史ゲームの中盤からガッツリ物語に絡んで来ますからね。作中の言動からして、市内での開拓能力の突然開花現象を最初期から観測していた可能性があります。


 どのタイミングで関わるべきかを、私も計りかねているのですよね。市長。

 正史ゲーム通り、向こうから関わってくるまでは、知らぬ存ぜぬの方が良い気もしますし。


 とりあえずは、来年の夏休みまでは様子見――で、いいかなとは思ってます。


「――織川先生の逮捕にあたり、マスコミの方々も学校周辺に張り込んでいます。何か聞かれても不用意に答えるコトはないようにお願いします。

 マスコミなどによって困ったコトがあるなら、私に相談してください。遠慮はいりません。

 その上で、皆さんは変わらぬ日常を送っていただければと思います」


 それを最後の言葉として、「これで朝礼を終わります」と、校長先生は下がっていきました。


 あとは、一年生かから順番に体育館から退場です。

 クラスメイトたちから変に絡まれる前に、私もとっとと体育館から脱出します。


 そうして足早に教室へと戻ってくると、机の上に見慣れぬ便せんが置いてありました。

 夜桜を思わせるデザインがあしらわれた可愛らしい便せんです。


 差出人は書いていませんが、夜桜があしらわれているとなると、話は別です。


《放課後、屋上で》


 ただそれだけ。


 色々と書こうとして、やっぱり消してを繰り返した形跡はありますが、この便せんに描かれている文章はそれだけでした。


 だけど、私にはそれで十分です。

 教室にもいないし、朝礼にも出てなかったようですが、手紙を置いていったのですから、どこかにはいるのでしょう。


 やっぱりまだまだ居心地の悪い教室の空気に耐えながら、私は放課後を待ち望むのでした。 


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【TIPS】

 華燐と仲の良いメンツは、鷲子への攻撃について、朝礼での情報から織川に誘導されていたというのを自覚。

 その為、鷲子にどう接して良いのか分からずにいる。

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