96.真なる紳士になる為に…
【View ; Youtarou】
府中野市内で一番大きな病院の廊下を、俺は歩く。
場所は四階。四〇四号室。
何となくエラー画面が脳裏によぎる、そんな番号の部屋が目的地だ。
すでに個室から、一般部屋に移っていることから、もう危険は脱しているのだろう。
「失礼します」
中にいるのは知人だが、他の患者さんもいる為、俺はそう声に出してから中に入る。
「お、新堂じゃん」
こちらを見るなり片手をあげて挨拶してくるのは、
身体を起こしているようなので、俺は訊ねる。
「富蔵、起きあがってていいのか?」
「むしろ横になってる方が背中が痛痒くて落ち着かなくてさ」
「そうか」
背中に火傷、片手は骨折してる為にギプスで固定されている。
なるほど。なかなか生活しづらそうだ。
それから、この場にはもう一人。富蔵のベッドの横に椅子を置いて座っている人物――
「月里君。君はもう大丈夫なのかね?」
「あ、うん。私は軽い火傷だけだったから。もう退院もしてるの」
――
炎上する家庭科調理室から、富蔵が助けた女子生徒だ。
状況が掴めずとも、富蔵が命がけで自分を助けてくれたことに、大変感謝しているらしい。
その為、やや依存気味に富蔵へと献身しているようだ。
「灯莉、そんなにオレに構わなくていいんだぜ。退院したんだし好きにしろよ」
「好きにしてるよ? 好きにしてるから、露定くんのお見舞いに来てるだけ」
月里君の言葉に、富蔵が何とも言えない顔をしている。
思わずいい気味だ――と思ってしまった俺は、月里君へと花を手渡した。
「見舞いの花だ。富蔵に渡しても素直に受け取ってもらえないだろうから、君に渡しておく。飾っておいてくれ」
「うん。代わりに受け取っておくね」
「いや受け取るなよ」
すかさずツッコミを入れてきた富蔵に、俺は意地悪く笑った。
「ほう。お前はオレの見舞いを邪険にすると?」
「いやそういうワケじゃねーんだけど……」
少し難しそうな顔をする富蔵。
なんとも、コイツらしくない顔だ。
それを見、月里は何かを感じたのだろう。
「あの、花瓶……用意してきますね」
彼女は席を立つと、俺に軽く会釈してカーテンで仕切られたベッド前から外れ、病室を出ていった。
それを確認してから、富蔵はおもむろに切り出してくる。
「あのさ、新堂……ちょっと聞きたいんだけど」
「どうしたんだ、改まって」
俺はカーテンを締め直しながら、訊ね返す。
「お前ってモテるだろ?」
「何を持ってモテるというか難しいところだが、一般的な認識からするとそうかもしれないな」
左手の人差し指でメガネのブリッジを押し上げながら答えると、富蔵らしくない真面目な顔をした。
「なら、教えて欲しい」
「何をだ?」
「女のフリ方」
「…………」
思わず半眼になる。
コイツは何を言っているんだ?
「あー、待て。怒るな。話を聞いてくれ」
「いや別に怒るつもりはないが――まぁいい。話は聞こう」
相変わらず勝手な男だが、雰囲気は少しシリアスだ。
からかい過ぎない程度に話を聞いてやるべきか。
「なんていうか、灯莉がオレのコト好きっぽいだろ?」
「…………それで?」
「見ての通り利き手がこれだからさ。メシ食う時とか、あーんとかしてくれるんだけど……」
「そういうの好きではないのか?」
「好きだよ超好き! 憧れてた! めっちゃ嬉しい!」
食い気味にそう言ってくる富蔵に、俺は眉を顰めた。
「なら、何を不満に思う?」
「んー……」
その問いに、富蔵は難しい顔をする。
嬉しいとは別に、複雑な感情が見え隠れしているが……。
「ちょっと話ズレるんだけどさ、織川のやつが何を考えてたって話、聞いてるか?」
「まぁ一応。十柄君からな。話は聞いた」
「オレは取り調べをしたっていう刑事さんから聞いたんだけど……」
言ってしまえば自分勝手の極みだ。
頭も良く運動神経も良く、何でも出来てしまった故にどこまでも身勝手な怠惰を身につけた男。
鷲子くんから聞いた話で感じたのはそんな印象だ。
「……それを聞いてさ、思ったんだよ。織川ってオレじゃね? って」
「どういう意味だ?」
「あんだけのコトやっておいて自分は悪くない。超能力に目覚めたから使っただけだ……みたいなのさ、怪我させられたオレからすると、フザケンなって思ったんだよ」
「実際、君がそう感じるのはそうだろう」
富蔵は織川の能力であるサキュバス・ケージの鎖で強打されて骨折している。
そんなコイツからしてみれば、能力を使ったのはお前なんだからお前が悪いに決まっていると――そう言いたいことだろう。
その不満は、富蔵が抱く権利がある。正当なものだ。
「そうなんだけど……同時に。まるでオレじゃんって思ったんだ」
「ん?」
「そりゃあ、十柄にめっちゃ怒られるよなぁ……って」
「なるほど。反面教師を見てようやく自覚したか」
これは良い傾向だ。
「それで行くとやっぱオレってクズじゃん?」
「イエスかノーかで言えば、間違いなくイエスだな」
「改めて言われるときちーけど、まぁそうなんだろうな……」
大きく嘆息して、富蔵は天井を見上げる。
「オレの作り出す淫紋には何の効果もないただのラクガキだった。
でも、織川みたいな効果があったなら、オレも織川みたいに好き勝手やってただろうな、って」
周囲からの叱責を省みず、調子に乗っていた自分はバカだった――と、富蔵は自嘲した。
「そんで、灯莉の話に戻るんだけどさ」
「ああ」
うなずき、俺は先を促す。
「オレはオレがクズであると自覚した。今はたぶん反省って奴をしてるんだとも思う。
それでもさ、やっぱクズなんだよな。でも灯莉はクズじゃない。良い子だよ。可愛いし、優しいし……だから、困るんだよな」
「困る?」
「灯莉に優しくされ過ぎると、ずるずるとクズに戻りそうでさ。
そうなった時、灯莉に悪いじゃん? なんつーか、それでも優しくしてきてくれそうでさ。そうしたら、オレなんかもっとダメになりそう」
「ふむ、なるほどな……」
富蔵は富蔵なりに考えた、彼女の為――というモノなのだろう。
だが、個人的にだが――それは別に富蔵だけが、悩んで答えを出すモノでもない気がするのだ。
それに何より……。
「……っていうコトみたいだけど、灯莉ちゃんだっけ? 君はツユっちのコトはどうなん?」
「えっと、その……むしろ、そこまで気にかけてくれて嬉しいというか……えへへ……」
カーテンの向こうから、栗泡先輩と月里くんのやりとりが聞こえてくる。
富蔵は語りに酔っていたようで気づかなかったのだが、織川教諭について話をしていた辺りで、すでに二人は外にいた。
栗泡先輩と月里くんが、こちらに気にかけて入ってこなかっただけだ。
「……イッくんと、灯莉に、今の聞かれてた?」
「バッチリとな。君が気づいていなかっただけだ」
「おわああああああ!?」
「うるさい。他の人の迷惑になる黙れ」
やれやれ――と嘆息しながら、俺はカーテンを開けた。
「コイツは君のコトを思ってそう考えているそうだ。君自身はどう考える?」
こうなってしまったなら、月里くん本人に聞いた方が手っ取り早い。
「私はその……仲良く、したい……かな。
そんな理由で冷たくされるのは……イヤ」
少し気恥ずかしそうに、だけど彼女はキッパリ告げる。
ならば、この話はここまでだ。
「カッコつけるだけ無駄のようだぞ、富蔵」
「いやでも……」
「彼女に甘えてクズに堕ちないよう自制すればいいだけだ」
「いいだけって……簡単に言うなよ」
「簡単に言おうが難しく言おうが、やらなければならないのはお前だ」
俺がそう告げると、横にいる栗泡先輩がクツクツと笑う。
「まぁ新堂の言う通りだよツユっち。
自分がクズに堕ちるから一緒に居れないなんて言葉で、仲良くしたいと思う相手を遠ざけられないって」
うむ。先輩の言う通りだ。
「まぁその辺は灯莉ちゃんも気をつけないとなんだけどな」
「そうなんですか?」
「クズ男を甘やかすコトを快感を覚えちゃうと取り返しのつかない状態になるコトもあるし、クズ男に引っ張られて君がクズ堕ちする可能性もあるからな」
「イッくんヒドくねッ!?」
「いや栗泡先輩の懸念はもっともだ」
「新堂もドイヒーッ!?」
実際、クズ男にハマる女性というのは「私がいないとダメなんだから」という感覚に、自分が誰かに必要とされているのだという実感が結びついてしまうのが原因らしい。
「だからこそ、お互いに堕ちないように気をつけあう関係になれば良いだけだろう? 忌憚なく意見を言い合い、時に共に歩み、時にケンカする。
俺は恋愛感情なるモノには疎いが、それでも、そういう関係性についてであれば断言できるコトがあるぞ」
「なんだよ?」
「……そういう関係を『友』と呼ぶのではないのか?」
富蔵と、栗泡先輩と、月里くんが顔を見合わせる。
「そうしてその付き合いの中で愛想が尽きたら離れればいいし、関係性が深まるなら恋仲になってもいい。それだけのコトではないのか?」
「考え方が合理によっているというか、言い回しが古風というか……でもまぁ、新堂の言う通りであるな」
苦笑するように、栗泡先輩がそう口にした。
どうやら、栗泡先輩も同意してくれるらしい。何やら余計な言葉が付随している気もするが。
そんな俺たちの言葉を受けて思うことがあったのだろう。
富蔵は改めて顔をあげると、月里を見た。
「あー……えーっと、灯莉」
「は、はい!?」
「そのー……なんだ。
もしかしたら、お前がオレに優しいのは、オレに助けられた時に芽生えた一時的なモンかもしれないけど……」
「そんなつもりはないんだけど」
「ともかくだ。それが一時的かどうか確認の意味でも、その……友達に、なってくれませんか?」
そう言って、富蔵は無事の方の手を差し出した。
だけど彼女は少し不満そうに口を尖らせる。
「本当は彼女からスタートしたかったんだけど」
だけど、不満そうだったのはその時だけ。
すぐに華やいだような笑みを浮かべると、富蔵の手を取った。
「露定くんも色々考えているみたいだから……受け入れるよ。よろしくね! 絶対彼女になってやるから!」
この男のどこが良いのかは分からんが……まぁ極限状態で助けて貰った彼女だからこそ分かることもあるのだろう。
友達宣言のようで、初々しいカップルのような笑みを交わし合う二人。
その様子を、栗泡先輩も最初こそは微笑ましげに見ていた。だが、徐々にその表情に影が増していく。
「ところでツユっち。これだけは言わせて欲しいんだが」
「ん? どったの、イッくん?」
手を繋いだまま、ほえほえした顔をこちらに向ける富蔵に先輩が吼える。
「ツユっちのッ、裏切りモノ~~~~!!」
片手を目に当て涙をまき散らしながら、先輩が病室を飛び出していく。
「あー」
「?」
何かを理解したような顔の富蔵と、首を傾げている月里くん。
先輩の言いたいことは分かるが――まぁ俺にとってはどうでもいい。
「それじゃあ、俺も帰るとするよ。彼女の為にも脳味噌をもうちょっと紳士的にするんだな」
「立派な紳士になるにはどうしたらいいんだ?」
「お前に対してなら色々とあるが――まぁとにかく最初は自分で考えろ。大事なのは自分で考えるコトだ。そして彼女と答え合わせをすればいい。二人して分からないなら誰かを頼れ」
こればかりは、人に教えられてどうこうというモノでもないだろうしな。
「その上で、一人で……あるいは二人で抱え込むな。拗れる前に誰かに相談しろ。俺とて、真面目な相談なら邪険にはしないからな」
ではな――と告げて、俺は病室を後にする。
「ねぇ露定くん……颯爽と帰って行く新堂くんの後ろ姿ってカッコいいね」
「新堂テメェ……いきなり灯莉の心を奪っていくんじゃねぇッ!!」
病室から聞こえてくるやりとりと叫び。
……俺が何をしたというのだ、まったく。
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【TIPS】
以後、ツユっちの言動と行動は改善されていく。
イッくんとの関係も相変わらずのまま、時々二人組ではなく三人組となって遊ぶこともあるようだ。
はやく四人組になりたいとは、イッくんの弁。
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